巣作り
春を迎えたポケモン渓谷では一斉に巣作りが始まる。子育てのためだ。木の枝が運ばれ、大木の枝に、木のうろに、川のほとりに、巣が作られる。子育て以外にも、これまでの巣を掃除して新しくセットしなおす目的もある。
春一番の大掃除だ。
ライチュウは、大きさの手ごろな枝をいくつか集めて、自分の住んでいる木のうろに運んでいた。別にライチュウは子供を育てたいわけではない。なんのために木がいるのかといえば、これから敷き詰めなおす落ち葉をパンパンと枝で叩いて柔らかくするためだ。手でもむほうがいいのだが、時間がかかる。
「さて、始めよう」
冬の間に枯れてしまった枝は、数回葉っぱを乱暴に叩いただけで折れてしまう。そのたびに枝を取り替えて作業を続ける。叩き終わって柔らかくなったら、改めて巣に敷き詰めなおす。まだ固いと思ったら手で揉んで柔らかくする。
「ふう」
数時間の作業で、全ての葉を叩き終わったが、ライチュウの手が葉っぱ臭くなった。青々とした葉のにおいは心地いいが、さすがにこの手の臭いはきつすぎる。葉の緑色も手についている。
「手、洗ってこなくちゃね」
川へ降りて、冷たい水でジャブジャブと手を洗った。途中、川をさかのぼってくるニョロモを見つけて、ライチュウは挨拶した。
「やあ」
「あ、ライチュウ」
ニョロモは、泳ぐのを止めて、岸に上がる。
「巣作り、終わったの?」
「うん。手が葉っぱくさくなっちゃってさ、手を洗っていたところなんだ」
ライチュウは水から両手を挙げ、パタパタとふるう。ニョロモは尾をふりふり、ライチュウに言った。
「もう終わっちゃったの。早いね。ぼくなんかまだ途中だよ。手ごろな大きさの石がなくてさ。ビッパたちは木を噛み切って川の一部をせき止めてるけど、ぼくの住処は石じゃないと駄目なんだよね」
そう愚痴って、ニョロモはまた川へ飛び込み、石を探しに泳いでいった。しばらくはもどってこないだろう。この付近の川の石ころは、砂に匹敵するくらい小さいか、ニョロモには運べないほど大きすぎるかのどちらかなのだから。もう少し川上に上れば、手ごろな大きさの石があるかもしれない。
ライチュウは帰り道、シーヤの実を少しばかり採って、おやつ代わりに食べながらもどる。
「さ、続き続き」
木の実を食べ終わって一休みした後、ライチュウは木の葉叩きを再開する。冬の間にうろの中に敷き詰めていた、枯れ葉は全部外に捨ててしまい、たたき終わって少し間を置いて乾燥させた葉をつめなおす。
「やっぱり、手が葉っぱくさいや」
芽吹いたばかりの草はいいにおいだが、叩いて揉んだ後の臭いが手につくと、かなりきつい。過ぎたるは、及ばざるが如し。
「また手を洗ってこようか」
川で手を洗い、またシーヤの実をかじりながら戻る。その道中、空から何か降ってきて、ライチュウの頭にゴンとあたった。
「あー、悪かったねえ」
空から降りてきたのは、オニドリルだった。太い枝がライチュウの頭に当たったので、ライチュウはたんこぶを作ってその場にへたり込んでいた。目の前を星が飛び散り、景色がゆらゆらとゆれて見える。
「大丈夫かい? うっかり落としてしまってねえ」
「だ、だい、大丈夫、ですハイ」
何とかライチュウは応えた。オニドリルはほっと息を吐いた後、一言謝って、また枝を足でつかんで、飛んでいった。
ライチュウはまだしばらく目を回していたが、やがてよたよたと歩き出した。
「さ、お仕事しなくちゃね」
鳥ポケモンは木の上に巣を作っている。たまに小枝がぽろぽろと落ちてくる。地面の上で暮らす陸上のポケモンは木の中や土の中に巣を作る。
「はー、終わった!」
ライチュウは、巣作りを終えて、作ったばかりの巣の中に大きく深呼吸して寝転んだ。
「いいにおい。ちょっとお昼寝……」
やさしい太陽の光が、巣穴に差し込み、暖かい春風がそよそよと吹いてくる。ライチュウはそのまま、寝息を立て始めた。
ポケモン渓谷の新しい春が始まった。