末っ子ピチューの散歩



 ポケモン渓谷は梅雨入りした。
「毎日雨でつまんないでチュ」
 末っ子ピチューは、巣穴から外をのぞいた。毎日毎日雨ばかりだ。小雨、霧雨、土砂降り、色々な雨が降ってくる。晴れ間など見ていない。たまに雨がやむ時があるので、その時は外に出ているのだが、木の実を蓄えるための手伝いばかりさせられている。
「お外で遊びたいでチューッ」
 末っ子ピチューが駄々をこねても、すぐ梅雨明けになってくれないのだった。
 そんな末っ子に、兄たちは提案した。
「じゃあ、雨の中を散歩してみたら?」

「雨の中のお散歩なんて初めてでチュ」
 末っ子ピチューは、大きな葉っぱを傘の代わりにして、雨の中、散歩していた。いつも巣穴に閉じこもってばかりなので、雨の中を歩くのはとても新鮮な事であった。
 水たまりをはね上げたり、しずくをたらす葉っぱの奏でるメロディを聞いたり、泥たまりにつまずいて転び全身が泥まみれになったり。
「ぷはー、泥だらけでチュ」
 全身が茶色くなってしまったピチューは、傍の水たまりで体を洗った。
「ああっ、せっかく、濡れないように傘持ってきたのに、これじゃ何の意味もないでチュ!」
 全身が結局ずぶぬれ。
「あ、そうでチュ。ちょっとおトイレに――」
 いつものトイレを済ませるべく、川へ向かった。だが、ここ数日の雨で、川が増水しているだけでなく、流れも速くなってしまっている。いつもはさらさらと穏やかに流れているだけなのに。川を見て、ピチューはしり込みしてしまった。
「な、なんだか怖いでチュ。で、でもおトイレ……」
 ピチューが用を足そうとすると、いきなり川上から激しい波が押し寄せてきた。波はピチューを呑み込んだ。
「きゃーっ」
 いきなり川に呑み込まれてしまったピチューはパニックになり、自分が泳げるのも忘れて、そのまま流されて行った……。

 誰かに水を吐かされ、ピチューはせき込みながら目覚めた。
「あ、よかったー」
 見ると、ブイゼルが一生懸命ピチューの胸や腹を押して水を吐かせているところだった。ピチューは何度もせき込む。
「川に流されてたからさ、急いで引き上げたんだよ。危うくビッパたちのダムにぶつかるところだったんだよ」
「ダムでチュか?」
 そう、この梅雨の時期、ビッパたちは木をかじって削り倒し、ダムをつくってそこに巣をこしらえるのだ。その時にはブイゼルも手伝っている。
「じゃあ、ここってダムでチュか?」
「まんだ作りかけよん」
 傍の木をかじっていたビッパが返答した。そう、このダムはまだ作りかけ。形はおおよそ出来ているのだが、肝心の中身はまだだ。枠だけが出来て中身が無い。
「だから急いで作ってるのよん」
 周りには木くずが山を作り上げている。ピチューはその木くずの山の中に横たえられているのであった。
「とにかく、助けてくれてありがとうでチュ」
 ピチューはダムを出た。
「もう帰らなくちゃママが心配するでチュ」
「送って行こうかい?」
「ううん、いいでチュ」
「じゃあ、気を付けなよ。雨の日の川は危険だからねっ」
「はーい」
 ブイゼルは手を振って別れを告げ、ビッパの手伝いを再開した。

 末っ子ピチューが巣穴に戻ってきた時には、もう辺りはだいぶ暗くなってきていた。びしょぬれで巣穴に戻ってきたピチューを見て、ピカチュウはおどろいた。
「ママ、ただいまでチュー」
「ま、どうしたの、ずぶぬれで! 傘は?」
「持ってたけど、風に飛ばされちゃって……」
 ピチューはくしゃみした。蒸し暑い季節とはいえ、体を濡らしたままでいれば風邪をひくのは当然のことである。
「あらあらまあまあ、風邪をひいているじゃないの! 早く体をふいて、寝ちゃいなさい」
 たくさんの葉っぱで体を拭いてから、モモンの実をいくつかほおばる。風邪にきくからと、オボンの葉っぱも食べさせられてしまった……。
「に、苦いでチュ……」
 何とか呑み込む。それから、乾いた藁の中にもぐりこんだ。
「はくしょっ」
 くしゃみを何度かしてから、昼間の疲れが出たのか、末っ子ピチューはあっというまに眠りこんでしまった。
「むにゃむにゃ……どろあそび……」
 だが、夢の中でも、昼間の散歩の続きをしていたのだった。

 外はまだまだ雨が続いている。梅雨明けは、まだ遠い……。