月を見ながらスルメを食す



 ピィが満月を眺めながら、月見団子を食べている。
「チュウシュウのメイゲツっていいの〜」
 廃ビルの、風雨にさらされている屋上で、ピィは月見団子を食べている。雲ひとつない秋の夜、そよそよと吹く夜風も気持ちいい。
「いいねえ。風流だねえ。ま、花より団子だけどな」
 ピィの隣で、スリープがスルメをかじっている。夜空の隅を、ズバットの群れが飛んでいく。
「こうして何か見ながら物を食うってのもいいねえ」
「おじさん、いつも何か食べてるの〜」
 ピィはそう言って、もうひとつ団子を口に放り込む。
「そりゃあ何か食ってるさ。生きていくために必要だかんな。だが、こういう食い方は格別にモノが美味くなるのさ。おめえさんも食うか、スルメ」
「うん」
 ピィはスルメの足を一本受け取り、かじる。が、固いのですぐには噛み切れない。
「じ〜っくり噛んでいれば、そのうち噛みちぎれるさ。気長にかめよ」
「うう」
 ピィがスリープの言葉通りにスルメを何度も噛んでいると、ゴルバットが飛んできた。
「いよーお、何だかスルメのかおりがするなあ」
「そりゃあそうだ。今、食ってるからな」
 スリープの指さす先には、スルメの足をもぐもぐ噛んでいるピィがいる。ゴルバットは舌なめずりをした。
「うまそう! ちょっとスルメくれよ」
「いいぞ、ホレ」
 スリープはゴルバットの大きな口の中に、スルメの足をまるごと放り込んでやった。ゴルバットはその鋭い牙であっけなくスルメをばりばり噛み砕いてしまう。
「おいおい、じっくり噛めよ。そうすれば旨みがでてくるのに」
 月見団子を一つとりながら、スリープはたしなめるように言った。しかしゴルバットは既にスルメを飲みこんでしまっている。
「残念。キバが頑丈だから、このくらいはすぐ噛み砕いてしまうんだよな〜」
「それならもっと、そっと噛めよ」
「えー」
 スリープとゴルバットが会話している間、ようやっとピィはスルメを噛み切る事が出来た。
「ぷう。やっと呑み込めたあ」
 顎が少し疲れているので、かじるのは一休みした後。その間も、スリープとゴルバットの、スルメに関する会話は続いていく。
「だから、カラカラにほしてある乾物は長く噛むからこそ美味さがしみでてくるわけよ。それを口の中で味わうから更にうまみが増すのさ」
「もぐもぐ長く噛んでられるかよ。細かく噛み砕いたらさっさと呑み込んで次を食わないと、食い物なくなるじゃんか」
 ピィは、再びスルメの足を口に入れ、噛み切るためにもぐもぐ口を動かす。隣でスルメについての会話が続くのをスルーしながら、中秋の名月を見上げる。
(やっぱりいいなあ、おつきさま)
 町のどんなネオンサインよりも、月の光が大好きなピィは、スルメをくわえた口の端からよだれが垂れている事も気づかずに、じっと月を眺めていた。