定食屋の2匹



「それにしても、最近しけっぽいねえ」
 ズルズキンは、自分の食器を洗いながらぽつりとつぶやいた。
「梅雨だから仕方ないヨ」
 応えたのは、ゴチミル。
 商店街の定食屋を経営する中年の夫婦と一緒に暮らす、ズルズキンとゴチミルは、普段は夫婦の手伝いをしている。食器洗いや片付け、配膳や店内の掃除など、やるべきことは多い。おかげで、自分のポケモンフードを食べた後、その食器を自分で洗って片付けるくせがついている。
「でも嫌だよなあ。梅雨の季節なんてさ。蒸し暑くて、たべもんがすぐ傷んじゃう」
「梅雨だから仕方ないヨ」
 それから、一緒に買い出しに出かける。店が忙しい時は、「これ、いつものお店で買ってきてね」と、買い物メモと大きなカバンを渡されるのだった。商品の代金は、月末にまとめて請求書が来ることになっているので、財布は持たされない。
 どんよりした雲が空を覆い隠している上に、雨の臭いがした。ひと雨きそうだと思い、ズルズキンは傘を持っていくことにした。真昼間なのに、行きかう人々は皆、傘を持っている。
 彼らが出かけるいつもの店は、皆、商店街の中にある。果物、野菜、卵、肉、パン、ミルク、ココア、焼きそばやラーメン、バニラアイス、各種調味料などなど。商店街をぐるりと一周して定食屋に戻ってくる頃には、持たされたカバンはパンパンに膨れ上がり、ズルズキンがカバンに入れられない分はゴチミルが念力でプカプカ浮かせて運んでいるのだった。
 ズルズキンがカバンを担いで歩いていると、雨が降ってきた。両手のふさがっているズルズキンにかわって、ゴチミルが傘をさしてやったが、念力で浮かべている野菜を傘の下に移動させるのを忘れ、雨に濡らしてしまった。
「パンじゃないからいいもン」
 裏口から定食屋に入る。昼食を取りに来た地元の人々で、食堂の席は半分以上が埋まっている。
「よー、ジグザグマじゃん」
 ズルズキンは、裏口から入ってくるお得意さんであるジグザグマを見つけた。ジグザグマは残り物をもらいによくやってくる。なぜか麩の入った味噌汁が好物なのだった。
「今日は麩の味噌汁出てるけど、食うか?」
「うん」
 ジグザグマは嬉しそうに尻尾を振った。ズルズキンが味噌汁を椀に注いで持ってくる間に、ジグザグマは雨に濡れないように軒下に入って、毛皮に着いた雨のしずくをふるい落とす。そして、ズルズキンが持ってきた味噌汁を飲んだ。
「やっぱこの麩はサイコーだわ! このふやけ具合がさあ!」
「麩なんて、そこの店に売ってるじゃん」
「乾いた麩は美味しくないんだよ」
 味噌汁を飲み終えたジグザグマは礼を言って去った。
「おっそーいヨ! 洗い物いっぱいあるヨ!」
 ズルズキンが椀を持って厨房へ戻ってくると、すでにゴチミルがたくさんの皿やコップを念力で洗っているところだった。
「ズルしないで自分の手で洗えよな」
「いーじゃないノ。いちいち手を布巾で拭くのが面倒くさいんだもノ」
 ゴチミルはそう言って、全部の皿とコップを流し台にそっと下ろして食堂の方へ出ていった。汚れた食器を回収するためだ。ズルズキンは台の上に乗って、ゴチミルが洗いかけて放置した食器を洗い始めた。

 夕方近くになると、雨はますます激しく降り注いできた。時々雷が遠くでゴロゴロ鳴る音が聞こえ、光も届く。外を、電気ポケモンたちが群れをなして大喜びで駆けていく。
「あの雷のどこがいいのかねー、ホントにさ」
 ズルズキンは皿を拭きながら言った。
「いいじゃないノ。電気タイプだから雷大好きなんだヨ」
 ゴチミルは、ズルズキンの拭いた皿を食器棚に収めていく。雨が激しいせいか、いつもより客の数が少なく、今日はあまりたくさん洗っていない。
「食器全部しまいおわったら、食堂の掃除しよう」
「うン」
 閉店後、ズルズキンとゴチミルは夫婦と一緒に食堂の掃除をする。ほうき、掃除機、雑巾がけ。その間にも、雨はざあざあ降り注いで、まるでバケツをひっくり返したようなありさまだった。止む様子は全くなく、それどころか激しさを増していた。
 掃除と片付けが終わり、帳簿付けも終える。それから皆は、定食屋の上の階にある自宅で眠るのだった。
「梅雨に入ったはいいけどさ」
 夫婦が寝入ってから、ズルズキンとゴチミルは新聞を読む。休日以外は忙しいので、寝る前に読むのが習慣なのだが、最初に読む場所は天気予報。人間たちの起こすニュースにはあまり興味がないのだった。それよりも、明日、傘がなくてもちゃんと買い物に行ける天気かどうかを知る事が、彼らにとって重要なのだ。
「しばらくは天気が崩れるみたいだよなー」
「しょうがないよネ」
「濡れながら行くのは嫌だけど仕方ないよ。梅雨だし」
「そうだよネ」
 彼らが話をしている間にも、激しい雨がひっきりなしに窓をたたき続けていたのだった。
 梅雨は、始まったばかりだ。