土筆
春が訪れる頃。
渓谷の雪は半分以上が溶けて、その下からは草が芽吹き始めている。
冬眠していたライチュウは、一旦目を覚ました。外がどうなっているかを見るために、洞に立てかけている鉄の板をどかし、外に出る。暖かな木のうろから一歩外に出た途端に、冷たい風が吹きつけた。ライチュウはその風の冷たさに、思わずぶるっと身震いした。
「うう、まだ寒いなあ」
春が近いという事は分かっている。だが、起きるにはまだ早かったようだ。木の洞に戻って、残っていたわずかな木の実をいくつかほおばった後、渓谷の様子を見るために、散歩に出ることにした。雪が厚く渓谷を覆っていたときは、皆と一緒に雪遊びをした。物識り博士のヨルノズクは越冬のために別の場所に渡っていた。春が近づいている今は、雪が徐々に溶け、外の気温も少し上がっている。
ほかのポケモンたちはまだ冬眠中のようだ。歩いている間、誰にも出会わない。柔らかな日差しが、林の中に届いてくる。ライチュウは日光浴をしながら、林の中を歩いていった。夏とは違い、日差しが弱いために、なかなか体は暖まらない。冷たい風に身を震わせながらも、ライチュウは歩いていった。
林をぬけて、平原の側を通り、小川の側に行く。水は冷たく、時折川の中に岸から雪が落ちていった。
「あれ?」
ライチュウは、川のそばに生えている草に目を留める。まだ芽吹いたばかり。そしてその草の中に、棒のようなものが生えているのに気づいた。先端には楕円形のモノがつき、茎はぎざぎざした葉のようなものが所々、覆っている。
「土筆だ!」
ライチュウは叫んだ。
草の中に、土筆が何本もはえているのが見えたのである。ライチュウは尻尾を近くの切り株に巻きつけ、雪で滑らないように注意を払いながら、川のそばに近づく。そして、土筆を何本か抜いた。この土筆はまだ土から生えてきたばかりである。ライチュウは、土筆を川の水の中へ浸し、ごしごしと洗う。冷たい水が手先を刺激する。洗い終わった土筆を、ぱくりと口に入れる。
「苦い……」
灰汁抜きもしていないのだから、苦くて当たり前。ライチュウはもぐもぐと噛んで、飲み込む。そして、冷たい川の水を飲んだ。口の中から苦味が消える。
「苦かったけど、ちょっと美味しかったかな?」
ライチュウの恒例行事。土筆の苦さで、今年の運勢を占うのである。もちろんライチュウに占いの知識があるわけではない。苦さから自分で勝手に運勢を決めている。
「今年は……我慢しなくちゃいけないこともありそうだな。でも、そのぶん嬉しいこともありそうだな」
ライチュウは丘の上にあがりなおし、平原をかけていく。そして、これから来るべき春に備え、もう一眠りするのである。
小川の流れていく岸辺に、土筆が生えている。これから先、暖かくなるにつれて、土筆の数はだんだん増えていくだろう。
春が、ゆっくりと訪れてくる……。