渓谷は入梅
ポケモン渓谷の梅雨は少し長い。通常ならば二週間ほどだが、この渓谷の場合は、三週間近く続くのだ。もちろん、時には晴れ間がある。だがすぐに曇ってしまい、雨が降り始める。
雨の降っている間、川は増水し、池の水は溢れるほどにたまる。水ポケモンたちは大喜びではしゃぎまわる。
雨で外に出られないポケモンたちは、住処の中ですごしている。その間は、前もって蓄えた木の実を食べて、ごろごろ眠ったり、時には大きな葉を雨傘にして散歩をしたりもする。
ライチュウは、住まいである木の洞の内部でごろごろしていたが、暇をもてあましていた。梅雨に入って、はや二週間。そろそろ梅雨が明けるころだが、なかなかあけない。連日の雨で、外は水溜りだらけ。蓄えている木の実をかじるのにも、少し飽きていた。
「散歩にでも、行こうか」
大きな雨傘の代わりになる、大きな葉を一枚むしりとり、雨よけにして、外へ出た。
雨はしとしと降っていた。空はまだどんよりとした灰色の雲に覆い尽くされている。まだまだ、晴れ間は見えない。週に一度か二度晴れ間が見えればまだいいほうだ。今週に入ってから、まだ一度も太陽の光を見ていなかった。
「いやー、それにしても、毎度のことだけど、凄い雨だなあ」
河川の増水のため、川や池には近づかない。近くを散歩する程度だ。
林の外に出る。広々とした平原は、一面水溜りだらけだ。いつもは草が生い茂るこの平原、梅雨の間は違った面を見せる。
「ワー、木がこんなに水に浸かってるよ」
若くて、まだ枝葉をつけて間もないような木が、水溜りの中に沈みかかっている。ライチュウの腿近くまである深さの水溜りだ。しかし、梅雨が明ければ、全ての水はこの渓谷の土や木々が吸い込み、たくさんの水溜りは跡形もなくなってしまう。
その深めの水溜りの中から、バシャッと水の跳ねる音が聞こえる。何事かと見ると、ニョロモとウパーが泳いでいるのが目に入る。この時期、水ポケモンにとっては天国だ。
ライチュウは水溜りをよけて歩いたが、急に足がずぶっと柔らかな泥を踏み、うっかり水溜りの中に倒れてしまった。水たまりは足が立つほどの深さしかないし、泳げないわけではないのだが、急に水溜りの中へ倒れてしまったのでパニックになった。
「わっ、わっ!」
ライチュウがばたばたすると、ウパーとニョロモがすかさず泳いできて、ライチュウを下から押し上げる。
「ぷはっ、げほげほ……」
パニックになった拍子に水を飲んでしまい、ライチュウは咳き込んだ。
「あ、ありがど、げほっ!」
「いいのいいの」
ニョロモは尻尾を振った。そして、ウパーと一緒に泳いでいった。
ライチュウは雨傘の代わりの大きな葉を拾い上げ、また歩いた。
シーヤの木の根元が完全に水に浸かっているのが見える。その脇を通り過ぎ、いつも春先に昼寝をする、小高い丘のほうへ行く。
丘のふもとはさすがに水溜りだらけだったが、てっぺんは雨が流れ落ちるだけとなっている。ライチュウはその丘のてっぺんに登ると、そこに生えている年老いたリンゴの木を眺める。毎年甘い実をつけてくれるリンゴの木。今はまだ葉っぱだけが枝についている。花はまだだ。この梅雨で雨を浴び、これから訪れる暑い夏に備えるのだ。
「これだけ雨を浴びれば、きっと今年も甘いのが出来るね」
ライチュウは尾を振った。
西の空が、ほんのわずかに明るくなっているのが見える。どんよりとした梅雨の間の、つかの間の晴れ間をしめす明るさだ。
梅雨が明けるまでまだ時間はかかる。ライチュウはリンゴの木に背を向ける。
秋になったら、友達をたくさん連れて、また訪れる。美味しいリンゴを食べるために。
「じゃあね」
尻尾を振りながら、ライチュウは、雨の中を歩いていった。