梅雨に入る前
そろそろ梅雨の季節が迫ってくる。曇りの日が多くなり、時々雨のにおいもする。
昼前。
「もうこんな季節なのか」
スリープはスルメをかじりながら、廃ビルの外の景色を見る。ゴロゴロと外では雷の音が聞こえてくる。
「梅雨にはいるにはまだ早いと思っていたが、そうでもなかったなあ」
酒をあおっているところへ、
「よー、おっさん」
ゴーストが墓場から遊びに来た。
「朝っぱらから酒盛りかい?」
「おうよ。梅雨が近いと、飲まなきゃやってられんよ。腰の痛さをやわらげるには、ラッキーのマッサージだけじゃなくて、多少は酒の力も借りなくてはな」
「もうそんな年なのかい」
「へっ、そうともよ」
瓶から直接ぐいっと酒をあおる。
「おめえもどうだい?」
「いや、遠慮しておくよ、おっさん。ところでさ、最近墓場に変な奴が現れるようになってきたんだよな」
「墓地を縄張り争いのタネにしようっていう、四地区の連中かあ?」
「そいつらじゃねーよ。あいつらが言うには、墓地なんか制覇したって仕方ねえんだと。とにかく、その新しく姿を見せるようになったそいつはな、俺らとは比べ物にならんくらい陰気くさくってよ〜」
ゴーストはスリープと一緒にスルメをかじりながら、愚痴をこぼし続けた。
夕方前。クレーンが工事現場で鉄骨を引っ張り上げ、オーライオーライの合図と一緒に目的の場所におろす。下ろし方が乱暴だったか、ガラガラと耳の中へこだまする音。
「あーあー、雨が降りそうだな、こいつ」
ドッコラーは、釘と金づちを運びながら、空を見る。曇り空だ。雨のにおいもする。もう夕方だ、そろそろ作業は終わるころ。ドッコラーは急いで工事現場を走り回った。
その予感は当たり、作業が終わって作業員たちが引き揚げて数時間後、大雨が降り始めた。
「じいちゃん、明日にはやむかな」
プレハブの窓から工事現場を見るドッコラー。ローブシンは木の実をほおばっていたが、窓を見る。
「うむ、これなら、明日の早朝にはやんでおるはずじゃ。これでも、わしは天気を読むことにかけてはなあ――」
長く話し始めるローブシン。ドッコラーは聞き流して、木の実をほおばった。
(じいちゃんの自慢話はいつも長いんだよなあ)
窓の外。雨と風が激しく工事現場をたたき続けていた。
(まあ、じいちゃんが嘘ついたことねーし、天気予報が外れた事もなかったし、信用してもいっかなあ)
大きなやかんから熱い緑茶を土鍋にそそぎ、一気飲みした。
夜中前。大雨はまだ続いている。
いきなり空が光り、続いて激しい雷鳴。
「きれいきれいーっ」
ピチューは、空を裂いた稲妻を見て大喜び。頬の電気袋からパリパリと放電している。隣で、ラクライもはしゃいでいる。二匹とも、この天気に備えて昼寝をしておいたので、眠くない。むしろ美しい稲妻を見ている興奮で眠気など完全にふっとんでしまっている。
「こりゃでっかいぞーっ」
直後、光と同時に稲妻が彼らの頭上に落ちた。高圧の電流が一気に彼らの中を通り抜けていく。しばらく、電圧に負けてフラフラ状態。
「し、しまった……」
ラクライの特性は、避雷針だった。
「キュウウ……」
ピチューは目を回してぶったおれた。自分の頬袋におさめきれないぶんの電気が、パリパリと全身を駆け巡っている。ラクライも、落雷に備えて事前に可能な限り放電したつもりであったが、一気に充電されただけでなく、それ以上に流れ込んでくる電気の量を吸収できず、フラフラしていた。
「それにしても、マジで、でっかい雷だったなああ〜……」
ラクライがぶっ倒れる。そのころには、雷雲は強風に押されて西の空へと移って行った。
朝方。
昨夜の雷雨は何処へ行ったのやら。空は晴れ渡り、東の空から太陽が昇り始める。ポッポやマメパトの群れが空を飛んでいく。ヤミカラスはドンカラスの周りを護衛し、町はずれの住処へと向かう。
「ふわあああ」
寝床から、ガーディは起きだした。大あくびをして、背伸びする。台所から、飼い主が食事を用意する音が聞こえてくる。ガーディの腹が鳴る。
「あさごはん、あさごはん!」
ポケモンフードをほおばり、ガーディは窓を見る。綺麗に晴れた青空が目に入る。雲ひとつない快晴だ。
(綺麗に晴れたなあ。あんなに夜の間はうるさかったのに)
雨と風は窓をひっきりなしにたたき続けた。雷も激しく鳴り、落雷がどこかで起きた様子。ピカピカと光るので、たびたび眠りを妨げられてしまった。雷雲が遠ざかったのは夜中の二時過ぎくらいだろう、ガーディは安堵し切って「もう雷はならない」と思い、今度こそ眠れたのだった。
「まあ、もう梅雨の時期だしね。この晴れ間もいつまでおがめるやら」
テレビの流す天気予報には、梅雨入りを報道するニュースが流れていた。これから町は、二週間ほどの梅雨入りだ。
「さーて、散歩散歩!」
皿を空にしたガーディは外へ出た。
「当分外に出られなくなるから、今のうちに楽しんでおかないとね!」
明るい日差しの照りつける道路を、ガーディはいつもの公園に向かって駆けだしていった。