安穏のアンノーン
アンノーン。
このポケモンは、古代の文献や遺跡からその存在を知られているが、その正体は謎に包まれている。文字のような形の体と、その中央についている大きな目が、アンノーンの特徴である。その文字のような体が何らかの言葉を象徴したものではないかと、現代のポケモン研究家は噂しあっている。
そのアンノーンの一体が、ポケモン渓谷に住んでいた。
夏の暑いある日、ポケモンたちが川で水遊びをしていたときに、突然空から降ってきたのである。やや深い川底にバシャーンと派手に波を上げて落下したアンノーンを見て、空から突然何が降ってきたのかとポケモンたちは皆慌てた。水に叩きつけられたアンノーンは気絶していたが、皆の介抱で意識を取り戻した。だが、落下のショックでか自分がどこから現れたのか、そこへどうやって戻ればいいのか思い出せないという部分的な記憶喪失になっていた。
このアンノーンは、体が棒のように真っ直ぐな形をしており、その体の中央に目がある。心の中に響くような声を発し、おまけに性格は非常にのんき。記憶が戻らなければ無理に取り戻さなくてもそのうち思い出すだろうと、自らポケモン渓谷の住人となることを選択したのである。
日中の気温が三十度を超える真夏日。
ポケモンたちは今日も、川へ水遊びをしにきていた。もちろんその中にアンノーンも混じっている。
『イクゾ〜』
アンノーンは『目覚めるパワー』で水を跳ね上げ、シャワーのように降り注がせる。川の水を浴びた陸のポケモンたちはその冷たさに声を上げる。
「きゃーっ、冷たい!」
「気持ちいーっ」
濡れたポケモンたちは次に、川の水を自分の手で跳ね上げた。水が派手に波を上げて、川のポケモンや鳥ポケモンにあたる。
「やったなー!」
川に入っているポケモンたちも負けじと水を跳ね上げ、仕返しをした。
そうして水を浴びて涼しくなると、今度はエスパー系ポケモンによる空中浮遊が始まる。サイコキネシスでポケモンたちを空中に浮かばせ、あちこちに動かしてみせるのである。ポケモンたちはこれに熱狂し、エスパー系ポケモンたちは大張り切り。だが何と言っても、アンノーンの見せる『目覚めるパワー』の力による、全物体の浮遊が一番の見物。皆、このショーを一番楽しみにしていた。エスパーポケモンをはるかに上回る力で、物体を浮かべて見せるのである。巨木や川の大岩などを簡単に持ち上げて見せる様は、渓谷のポケモンたちを驚かせた。多くのポケモンたちからアンコールを求められ、それに応える時、アンノーンはそれを得意に思っていた。
水浴びと空中浮遊が終わった後、夕暮れになり、皆、それぞれ帰る。木の実を拾いに行く者、そのまま寝床にはいる者、いろいろだ。
アンノーンも寝床に入る。巨木にできた小さな洞は、住み心地が良かった。敷き詰められた草の上に体を乗せる。そしていつも考える。
『ボクハ、ドコカラキタンダロウ? ドウヤッテ、ココヘキタンダロウ?』
あいにく誰も答えてくれない。自分がなぜこの渓谷に落ちてきたのか、仲間がいるはずなのに、来てくれないのは何故なのか。
この渓谷のポケモンたちは、来るものは拒まずの考え方をするので、アンノーンが突然渓谷に落ちてきて、帰る場所を忘れたと言っても、「じゃあそれまでは渓谷に住めばいい」と素直にアンノーンを受け入れた。ポケモンたちは新しい物好きでもあるので、変わった形の体を持つアンノーンを珍しがった。アンノーンはポケモンたちの厚意に素直に甘えて渓谷に住み、その能力を遺憾なく発揮した。
見ず知らずの自分を受け入れてくれた渓谷のポケモンたちに感謝していた。記憶の中では、自分の仲間もたくさんいた。だが、いずれも、これほどまでに親切で優しく接するようなことはなかった。仲間はいつも飛び交っているだけだった。
もし、仲間が迎えにきたらどうしよう。仲間と一緒に戻るか、それともこの渓谷にずっと留まっているか。せっかく渓谷の皆とも友達になれたのだから……けれども他の仲間が、ひょっとしたら心配しているかもしれない。
考えているうちに日が暮れて、辺りはやがて夜になる。たくさん遊んで疲れていたアンノーンは、考えるのを止めて、目を閉じた。
『マア、イイカ。ソノトキハ、ソノトキダ。ソノトキニナッタラ、マタカンガエレバイイカ』
かなりのんきに考えて、アンノーンは眠りについた。こののんきさこそが、アンノーンを安穏とさせ、この渓谷での暮らしになじませる最大の要素だった。
ポケモン渓谷に月の光が差し込み、辺りを優しく照らす頃、アンノーンは渓谷の仲間たちと遊ぶ夢を見ていた。いつかは仲間が迎えに来るかもしれないし、自分で戻る方法を思い出すかもしれない。だが今は、この渓谷でポケモンたちと暮らすことが、アンノーンにとっての幸せだった。