噂話



「ああ、冷えるッス」
 ヒトモシは、ぶるっと身を震わせた。頭にともしている不気味な紫の火が、小さく揺れる。
 町の寺に住みついているこのヒトモシは、寒さがとても苦手だ。冬が近づくと、寺の一室にこもってあまり外に出なくなる。他の物を自分の火で燃やさないように気を使っているが、寝ている間にざぶとんをよく焦がしてしまうのだった。
「だって座布団の寝心地サイコウなんだもの、仕方ないッス」
 寝ている間にとろけてしまい、火が座布団に触れそうになってしまうのだ。

「今日も寒いッスねー」
 ヒトモシは、こがらしのふく町並みを、寺の門から見下ろしていた。寺は小高い丘の上に建てられており、門の前に立てば町の半分を見渡せるのだ。墓地にはゴーストポケモンがたむろして、何やら噂話の真っ最中。たまにヒトモシもそれに混ぜてもらっているが、よく「線香臭い」とからかわれるのであった。寺にいる以上、線香臭くなるのはあたりまえのこと。毎日、読経の時は本尊の置かれた部屋の隅でじっとして読経を聞いているのだから。読経の意味はわかっていないが、読む時の音のリズムが好きなのである。
「ボクも混ぜてほしいッスー」
 ヒトモシは階段を下りて墓地へと向かった。
「よー、ヒトモシ。またお前線香のにおい漂わせてんなー。いつも線香の火付け役やってんのって嘘じゃねーんだなー」
 ゴーストがゲラゲラ笑いながら、階段を下りてきたヒトモシに言った。もちろんこれはヒトモシへの挨拶である。ヒトモシもそれを知っているので、怒ったりはしない。
「火はついてるけど、それでも寒いッスー。でも火は消えたりしないッス」
 それから、墓地でのゴーストポケモンたちによる噂話に花が咲いた。
「ところでよ、知ってるか。最近ここらへんに出てくる奴らのこと」
 ムウマが言った。ヒトモシは、そのドロリとした体を傾け、「なになに」と問う。
「うひひひ、あいつらのことかあ」
 ヨマワルは面白そうに笑う。
「あの隅っこにぽつんとあるだろ、柳の木が」
「うん、そうッスね」
「あの木の傍にな、大勢いるんだよ、夜になると出てくるんだよ!」
「すっごい昔の人間でよ、服装もむちゃくちゃ古くせーの、なんのって」
「何と、鎧兜なんかつけてるんだぜ! 何百年前の装備品だよって感じさ」
「へー、すごいのがいるんスね。今まで見た事ないッス」
「落ち武者ってやつだろーねえ」
「友好的なんスか?」
「いんや、ちーっとも友好的じゃねえよ」
 カゲボウズは不機嫌に言った。
「あいつら、すんげえ根暗ばっかでよ、ゴシュジンサマ〜ゴシュジンサマ〜ってそればっかりなんだよなあ。近づくと何だか陰気なのがうつりそうで嫌なんだよ」
「夜になったら見えるッスか?」
「おうよ。昼間のうちは姿を消してんだ。なんでだろうな。斥候だったわけでもないしなあ」
 ゴーストは、頭をかいた。
「でも近づかない方がいいぜ、マジで。お前もおれらとおなじゴーストポケモンなら、怨念のヤバさは知ってるだろ」
「知ってるッス。お寺にいるとしょっちゅうそんなのを漂わせた人間や道具がくるッスから」
 その通り。ヒトモシから見ても「ヤバイ」と思うほど、すさまじい怨念がこもった道具が運ばれてきたり、それにとりつかれている人間が、よく寺を訪れるのである。もちろん怨念だけではない、別に害のない、その人間の身内と思われる別の人間の念が周りに漂っているのを見る事もある。
「墓地も物騒ッスけど、お寺も意外と物騒ッスよ。へたすると和尚さんたちを襲いそうになるッスからねえ」
「へー」
 ゴーストポケモンたちは、さらに噂話に花を咲かせていった。

 夕方ごろ、ヒトモシは寺に戻った。せっせと階段を上っていると、上から誰かが降りてくるのが見える。
 人間に見えるが、明らかにそれは違う。異常なまでに青白い肌を見れば――
(でも危ないモンじゃないッスね)
 微笑んでいるそれは脚が膝までしかなかったが、ヒトモシのいる段まで降りてきて、ふっと姿を消したのであった。
「また誰かが、成仏したんッスね。なんまんだぶ」
 暮れゆく西の空へ向かって、ヒトモシは念仏を唱えた。