ワックスがけ



「あーあ」
 ラッキーとハピナスは、ポケモンセンターの倉庫から、大きな箱を担ぎながら外へ出てきた。
「ずいぶんと、喰われちゃいましたねえ」
「そうですねえ」
 担ぎ出された箱は、きちんと封がしてあったのに、今は開けられているし、。中に入っているのは食糧。缶詰、水いりペットボトルは無事なのに、昨日届いたばかりの野菜や果物は半分以上食い荒らされていたのだ。
「でも、おかげで、ねえ」
 ハピナスは、ちらりと通路を見た。
「ちょうどいい、アシスタントができたものね」
 町で縄張り争いをする東西南北の区画のボスと手下たちが、せっせと掃除させられていた。

 倉庫の食料荒らしが判明したのは、朝。それぞれのボスのために食料を盗んでいこうとした手下たちが、食欲に負けてそれらを喰い荒らしただけでなく、倉庫で他の区画の手下同士で大乱闘を繰り広げたのだ。さらに、ポケモンセンターへ入りこんで何か食べようとしたボスたちも鉢合わせしたために乱闘はさらに激しいものとなった。当然、そのやかましさに目を覚ましたハピナスやラッキーたちが何事かと駆けつけた。
 暴れていた手下たちは、「うたう」の大合唱で皆眠らされ、御用となった。ボスたちも抵抗しようとしたのだが、歌声を聴いて間もなくダウン。当然、御用。
 食料を喰い荒らしたあげく、ポケモンセンターで大乱闘を繰り広げたその罰として、ボスたちとその手下たちは、倉庫の片付けと大掃除をやらされているのだった。反抗しようとする者も当然いるのだが、そのたびに「治療してあげませんよ!」の一言でしぶしぶ仕事に戻らされる。当然だ、縄張り争いで怪我をするたびにポケモンセンターで治療してもらっているのだから。
「しかたねえ」
「命にはかえられないからなあ」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、掃除や片づけを続ける。互いに睨みあって喧嘩に発展しようものなら、即座にラッキーからモップやデッキブラシでぶん殴られるからだ。
「さっさとお掃除なさい!」

 掃除させるついでに、ハピナスとラッキーは、ワックスがけを思いついた。
「一年ぶりにワックスがけをしましょうよ。ポケモンセンターは人間の病院と同じくらい清潔に保たなくちゃ。それに、だいぶ傷あとがつけられちゃってるから、それを多少隠すのもいいわね」
 傷痕というのは、当然、この四区画のボスたちや手下たちが大乱闘したことでポケモンセンターにでた被害のことだ。床や壁は爪や牙など、様々な傷がついている。その傷を多少隠すのにもワックスがけは有効とにらんだのだ。
 掃除と片づけが終わったので解放してもらえると思ったポケモンたちは、それを聞かされ不満たらたら。当然だろう。だがラッキーたちは一歩も退かない。
「あなたたちが傷つけたんだから、貴方たちが修復するのは当たり前の事です! 人間だったらバイショウキンをとったりサイバンをしたりするのを、ワックスがけと掃除と片づけで手を打とうというのですからね、有難いと思いなさい! バイショウキンをとるってのは、私たちポケモンにとっては、ポケモンフードや木の実をたくさん取りあげられるっていうことなんですからね!」
 木の実やポケモンフードを取りあげられる?!
 たちまちその場にいたポケモンたちが青ざめる。当然だろう。大切な食料を奪われることになるのだから。
「わかりましたか?」
 ハピナスがずんずんと大股で歩くと、こくこくとうなずく一同。
「わかりましたね、じゃあワックスがけをしてくださいね」

 掃除や片づけ以上に、ワックスがけは難航した。床の上に、バケツに入れたワックスをぶちまけるわ、嗅覚の優れたポケモンはそのキツイ臭いを嗅いでダウンするわ、ワックスを塗り始めても、かわかぬうちからその上を歩いてツルツルすべって転倒しワックスをはげさせるわ、とにかく修羅場。
 夕方、ヤミカラスたちが巣穴へと向かう頃、ようやっとワックスがけはおわった。傷だらけの床や壁もある程度傷が隠され、きれいにみがかれた室内はピカピカになった。
「今日は一日ごくろうさまでした」
 ラッキーとハピナスは礼を言った。目の前には、全身をワックスだらけにしたポケモンたち。ラッキーとハピナスにこきつかわれて、くたびれはてている。
「お礼に、これをあげるから。もう食料を盗もうなんて考えないでちょうだい」
 渡されたのは四つの大袋。それぞれポケモンフードが入っている。皆それを知って大喜び。
「そして、ポケモンフードをうばうための喧嘩もしないでちょうだい! ほかの患者さんの迷惑になりますし、私たちの診察の邪魔にもなりますからね!」
「はぁい」
 大勢のポケモンの合唱。めいめいの区画のポケモンたちは、ポケモンフードいりの大袋をかついでポケモンセンターを出たが、道中争いを起こさないようにとセンターの救急員の一員であるユンゲラーの手でテレポート。歩いて帰らせると、ラッキーたちの目が届かなくなったところでまた喧嘩を始めるだろうから、歩いて帰らせず、テレポートでそれぞれの根城へ一気に返したと言うわけ。

「これでしばらくポケモンセンターは平和になってくれるでしょうね」
「だといいんだけど」
 ラッキーもハピナスもその言葉が現実になりえない事は知っていた。
 翌日、区画の縄張り争いをしたポケモンたちが大勢担ぎ込まれたのだから……。