ふわふわ綿毛



 緑の葉が生い茂る、五月の初め。
 ポケモン渓谷はそれでも、どこかで必ず笑い声が聞こえてきていた。
 シロツメクサを使って首飾りを作ったり、たんぽぽの綿毛を飛ばしたり。
 風が吹いて、綿毛が飛んでいく。ハネッコたちも飛んでいく。やがて風がやむと、ハネッコたちは草地へゆっくりと降りてきた。体重わずか五百グラム、顔に強く拭きつけてくるような風でも吹けば、あっというまに空に舞い上がってしまう軽さだ。それでも、降りてこられる風の時は、ハネッコたちは楽しそうに空を舞っている。
 五月は、時々暑くなり、時々寒くなった。四月とあまり変わらない気温が続く毎日であったが、ポケモンたちは新しい春の訪れを喜び、これから来る梅雨と夏の到来を心待ちにしていた。梅雨があれば秋の実りが増え、夏が来れば、冷たい川の水で水遊びが毎日楽しめるのだ。
 風の強くなってきた五月半ば。草はあおあおと茂り、木々の若芽もいまや立派な葉にまで成長していた。しかし、ポケモンたちの生活はいつもと変化なく、起床し、遊び、眠る。その繰り返しであった。ただ一つ変化が在るというならば、五月にはいってから、ポケモンたちの遊び道具が変わったという事くらいか。冬は雪玉で雪合戦、春は草で草笛、夏は川で水遊び、秋は木の葉で焼き芋。今は新しい草も生えそろった頃。草笛のふきあいにも飽きてきて、今度はたんぽぽの綿毛飛ばし、ハネッコ飛ばしだ。

「ぷーっ」
 ゴマゾウの一息で、周囲の綿毛が一気に空へと舞い上がった。近くにいたハネッコも飛んでいく。楽しそうな顔で、ハネッコは宙をくるくる回って、風がやむとゆっくり降りてきた。
「わー、もっと飛ばして!」
 次はニューラが思いきり息を吸い込み、強く息を吐く。たくさんの綿毛とハネッコが、より高く舞い上がる。
「よっしゃ、俺の方が高く飛んだぜっ」
 限界まで息を吐いたニューラは苦しげに息を切らし、笑った。ハネッコはバレリーナのようにくるくると華麗に回って、ゆっくり着地した。そして、自分でもピョンピョン跳ねて、もっと飛ばしてくれと催促する。その催促にこたえて、プリンが限界までいっぱいに息を吸い込む。風船ポケモンなので、吸った空気のぶん、大きく膨らむ。そしてプーッと息を吹き出すと、たくさんの綿毛が舞い、二匹のハネッコが空を飛んだ。息を吐き終わったプリンは元の大きさに戻った。また息を吸うと、ぷくりと膨らむ。ハネッコたちは嬉しそうに空中でダンスを踊り、着地した。綿毛と比べると重いのだから、台風クラスの強風でも吹かない限り空をずっと飛んでいる事はない。
 もっと飛ばしてくれとハネッコが催促すると、突然風が吹きつけて、綿毛が勢い良く舞い上がった。同時にハネッコたちも高く空へと舞い上がった。突然の強風に驚くハネッコたちだが、すぐに慣れてしまった。突然強い風が吹くのは、この時期当たり前のこと。見れば、地上の皆も手を振っている。
 綿毛と共に、風に乗って大きく空へと舞い上がる。綿毛の方が軽いために空へより高く飛んでいく。風がやむまでハネッコたちはポケモン渓谷の景色を楽しむ。見れば他のハネッコたちも空へと舞っている。上昇気流がやがて弱くなり、ハネッコたちはゆっくりと地面に向かって降りてゆく。綿毛はまだ飛んでいく。
 やがて、草地に降り立ったハネッコを、皆が迎えに来た。飛ばされた場所から十メートルほどしか離れていない。ただ木の葉を巻き上げるだけの風だったのだ。
 太陽が少しずつ西へ傾く。しかし冬と比べて日没時間が遅いので、まだ遊べる。
 弱い風がまた吹き始める。ハネッコの頭に生えた草が、風に揺られて動いた。
「もっと飛びたいよー」
 ハネッコの催促にこたえ、皆が、めいめい持ってきた綿毛を吹いた。