町の雪かき



「すげー雪だよな、今年はっ」
 ポチエナは公園に入ってくるなり、ブルッと身を震わせて雪を落とした。
「おととし以来の大寒波だってね! 廃ビルの中まで風が入ってきたよ。入り口のあたりなんかすっごい雪だらけで、出るのに苦労したよ。どこらへんまでが階段なのかわかんなかったくらい積もっていたから」
 ジグザグマは、鼻の頭にゆっくりと舞い降りてきた雪を、ぺろりと舐めた。
「冬休みだから誰も学校に登校してないけど、そのほうがいいよね。だってあちこちの道路が大雪でふさがれちゃってさ、歩くのさえ怖いよ。踏み固められて滑りやすくなってるからね。これが溶けかけの状態だったらさ〜、もっと怖いよ。ツルツル滑るんだよな、コレが」
 昨夜から降り続いた大雪、そして暴風。激しい吹雪は町中を襲って真っ白な世界に変えてしまった。朝になって粉雪が少しずつ降ってくるだけの落ち着いた天気に変わったものの、各地で交通機関がマヒし、道路や鉄道は渋滞。町の人々は朝も早くから雪かきに追われているのだった。裏通りを根城にする不良ポケモンたちも、今は争いを一時中断して、せっせと根城の雪かきに追われている。
「この調子だと、明日までは雪の上を歩くことになりそうだね」
「だろーねー」
 ポチエナが言った途端、背後の枯れ木からドサリと雪の塊が落ちてきて、遊具の上で砕けた。
「びびった……」
「このさいだからさ、ここも雪かきしちゃおうよ」
「どうやって? 何の道具もないよ?」
「木の上の雪の塊をまず落とすんだよ。それから、小さな団子にして一まとめにすればいい。月見団子の雪バージョンさ」
「なるほど! ガーディがいれば一番楽だけどな。炎で雪溶かせるじゃん?」
「しょうがないよ。それに、むこうもきっと、雪かきに狩りだされているだろうし、自分らでやるしかないって」
 ポチエナとジグザグマは、近くの木々に体当たりし始めた。ドサドサと派手に雪が落ちてきて、辺りをより一層白く染め上げていく。
「なにしてるの〜? 雪あそび?」
 散歩で通りかかったエネコが、木々に体当たりしては雪を落とす二匹を見つけて、声をかけた。ジグザグマはぶるっと身震いして体の雪をふるい落とした。
「違うよ、雪かきの準備だよ! こんだけ雪が降り積もってるだろ、先に木の枝に乗った雪を落としてるんだ。それから公園の隅っこに雪球をいっぱい作って積み上げとくのさ」
「へー、おもしろそー! アタシにもやらしてくれる?」
「おう! それなら、雪球作ってくれる? いっとくけど、雪合戦するために作るんじゃないんだぞ」
「雪合戦しないのね。まあいっか」
 エネコは近くの雪だまりから、尻尾で雪を少しかきだし、丸めて団子を作り始めた。ポチエナとジグザグマは木々に体当たりしては枝から雪を落とし始めた。
「おつきみだんごそっくり〜」
 外見は確かにお月見団子。あいにく冷たいので食べられないのだが、エネコは、作った雪だまをコロコロと転がしていった。
「これを積み上げておけば、いいのよね」
 どんどん団子を作り、エネコはそれを転がして公園の隅に積み上げていった。

「あーあ。すごい大雪だよ」
 ガーディは庭先にちょろちょろと火の粉を放ちながら雪を溶かしていく。庭先の雪が溶けてくると、今度は道路の雪を溶かしていく。飼い主の積み上げた雪の大きな塊に火の粉を放って溶かし、水を排水溝へ流していく。
「正月そうそう、こんな大雪に見舞われるなんて、おととし以来だねえ。裏通りの連中も忙しく働いてるだろ。正月くらい、あいつらの顔は見ないで済ませたいよ、まったく」
 溶けた雪の水がかからないように気をつけて歩きながら、ガーディは辺りの雪を溶かしていった。まだどんよりとした灰色の雲が、空を陣取っているのを、気にしながら。
「これじゃ、また降ってくるだろうなあ。吹雪にならないといいけど」
 冷たい風が強く吹き付けてきた。
「うううう、吹雪きそうだな、やっぱり。散歩は、今日はやめておこう」
 除雪作業であらかた雪が溶けてきた頃、ガーディは飼い主に呼ばれて家の中に入っていった。
 数分後、ぼたん雪が降り始めた。
「あーあー。せっかく雪かきしたのに……」
 冷たい窓に鼻を押し付けながら、ガーディは残念そうに呟いた。

 排水溝にも入ってきた雪。近所の雪かきで落とされた雪が、流れる下水で溶かされていく。
 ゴクリンは汚水の中にもぐっていたが、そのうち上がってきて、今度は、落ちてくる雪を食べ始めた。口に入れるとすぐ溶けて水になる。腹の足しになるかと考えていたが、そのうち食べるのをやめてしまった。冷たいだけで、水をいくら腹に入れてもすぐにすきっ腹になってしまうから。
「……」
 ふと、排水溝から外を見上げる。どんよりとした灰色の雲が、空を覆いつくしている。昼間だというのに、薄暗い。そのうえ、冷たい風が排水溝の中にまで吹き込んできている。悪天候の兆しだ。
「雪、ふりそうなのね〜」
 くわあ、と大あくびをして、ゴクリンは排水溝の奥へ這いずっていった。
 直後、排水溝の中に除雪後の雪がドサドサと落ちてきた。
「あーあー、降って来たのね。また食べるね」
 ゴクリンは引き返して、雪の塊をがばっと大口開けて飲み込んだ。そしてしばらく除雪後の雪を食べ続けていた。

「こいつは、寒いねえ」
 スリープは廃ビルの中で、冷たいみかんを皮ごとかじっている。
「ひっさびさの、大寒波ってやつだな。まさかこんなに冷え込むとは思わなかった。まあ、寝られて食えればいいんだから、おりゃーこのビルから動かないけど」
 古毛布を体に巻きつけているだけだが、スリープはそんなに寒そうにしていない。かたわらには、果物屋や八百屋からもらってきた売れ残りが山のように積まれている。スリープは、傷物や賞味期限の切れたものも平気で食べるので、何日かおきに店を回れば両手に抱えるほどの食料を手に入れられる。それほど人間が飽食しているということになるのだが。
「しかし皆物好きだなあ。どうしてそんなに疲れることするんだろうな、雪かきだなんて」
 みかんを食べ終えたスリープは、雲を眺めながら呟いた。
「今夜も雪がふるってのに」


 夜は猛吹雪。朝になれば、せっかく除けた雪もまた積もり積もってしまうだろう。軽い粉雪は強風でビュウビュウと飛ばされていき、あっというまに小さな山を作っていく。除雪作業はみんな無駄になってしまった。
「あーあ、みんな無駄になっちゃった」
 ガーディは窓に鼻を押し付けて、窓の外をじっと見つめていた。後ろから聞こえてくる天気予報は、明日の朝まで雪が降り続けるとの事だった。
 吹雪はまだ終わらない。