修行の秋



「なにシュギョーなんてやってんだよ」
 ゾロアは後ろ脚で耳の後ろをかきながら、リオルに言った。
「どーせ、お前は進化しなきゃ波導なんて撃てねーんだから、マッチョ用のトレーニングだけしてればいいじゃんか。ワンリキーやバルキーといっしょにマラソンでもしてろよ」
「それは毎日やってるよ。今じゃ、山二つくらいは楽に越えられるよ」
「体力つきすぎじゃん。でもまだ修行すんのかよ。次は何するつもりなんだ、アサナンのまねして腹ペコ修行かあ?」
「それは、ぼくには無理だったよ。すぐ倒れちゃった」
 その言葉を裏付けるかのように、休憩中のリオルは、腹にモモンの実を詰め込んでいる。
「そうみてえだな。それにしても、よく食うよなあ、お前」
 ゾロアは毛づくろいを終えて、リオルの脇からモモンの実をひとつ咥え、食べた。口の周りを汁だらけにしたので、ペロリと舌なめずりする。リオルは三ついっぺんにモモンの実を口に入れ、ろくにかまずに飲み込んだ。柔らかな木の実なので、噛む必要はない。
「だって、育ちざかりだもん。ちょっと動くだけでおなかすいちゃってさ」
「ちょっとドコロじゃないじゃん、お前の場合はさ」
 それからゾロアは、ひらべったい岩の上に乗り、寝転んだ。
「んじゃ、おやすみ〜」
 食事を終えたリオルは、ゾロアに構わず、波動を練る修行を始めた。体力を使わないように見えるものだが、練りあげるだけでも体力を消耗してしまうものだった。だからこそ、リオルは山ほど食べなければ体が持たないのだった。

 夕方。リオルは息を切らして草の上に倒れ込んだ。昼寝をしていたゾロアはやっと目を覚まし、大きく口を開けてあくびをし、背伸びした。
「うあーあ、あ、もう夕方か。よく寝たなあ」
 ゾロアは、横になっているリオルを見つけた。
「お前、ずっと修行してたわけ、一晩中も」
「うん」
 リオルはぜえぜえ息を切らしている。このぶんだと、しばらくは動けそうにない。一体何をやったら、山を越える体力を持つリオルがこんなに疲れるのだろうかと、ゾロアは首をかしげた。日の暮れかけている今、ゾロアは自分が空腹なのを思い出し、近くの木に駆けのぼった。
 十分後、大きな葉っぱの上に、さまざまな木の実が山盛りになっていた。リオルとゾロアはそれを分け合って食べていたが、あきらかに、食べる量はリオルの方が多かった。
 あちこちの木で、ときには枝ごと叩き折って、採ってきた木の実だったが、修行で腹を減らしたリオルの胃袋は底なしらしく、あっというまに山盛りの木の実のほとんどはリオルの胃袋の中に消えて行った。
「お前冗談抜きでホントによく食うよなあ」
 満腹したゾロアは、また毛づくろいを始めた。リオルは、食休み中。げっぷをひとつ。
「うー、さすがにおなかいっぱいだあ」
「おいらが頑張って採ってきたんだもん。くたびれたんだぞ、こっちだって。ありがたく思えや」
「ふう、ふう。それは、ありがとう」
 日が暮れて、月が昇ってくる。月明かりが辺りをやさしく照らし出す。そのころには、リオルの胃袋に詰められている木の実もこなれてきた。
「さー、やるぞー!」
 立ち上がったリオルに、ゾロアは言った。
「もう夜じゃん、まだ修行すんのかよ」
「うん。山でマラソンしてくる」
 言うが早いか、電光石火でリオルは目の前から去った。あとには、猛烈な速度で駆けて行ったリオルの残した風があるばかり。
 ゾロアは岩の上に寝転んだまま、つぶやいた。
「あいつホントに修行バカだなあ」
 大きなあくびをひとつして、ゾロアは眠りに落ちて行った。夢の中で、木の実の山に囲まれ、それを満足するまで食べ続ける夢だった。

 朝、ゾロアが目を開けると、リオルが草の上に寝転がってぐうぐう眠っていた。くたびれている時の寝かただ。山にマラソンをしに行ったはずだが、一体何周走ってきたのだろうか。こんなにぐったりしているなんて。
 ゾロアはあくびして、体を伸ばす。今日もいい天気になりそうだ。近くの木に駆けのぼり、枝をゆすって木の実を落としていく。すると、草の上に木の実がボトポト落ちた。そうやってオレンの実を山ほど落した後、次は隣のクラボの木に登って、先ほどと同じように木の実を落していく。それを繰り返して三十分ほど経つと、木々の根元には、山ほど木の実が落ちていた。その量は、昨夜の倍以上だった。
 ゾロアが降りて休憩していると、木の実のにおいにつられたか、リオルが鼻をひくひくさせ、目を開けた。
「あっ、朝ごはん!」
 飛び起きたリオル。山盛りの木の実を見つけて大喜びだ。ゾロアがナナの実をかじっているところで、
「やっと起きたんかい、お前」
「疲れちゃったんだから仕方ないじゃん」
 リオルの腹がぐぐうと大きな音を立てた。その威勢のいい音を聞いたゾロアは、げらげら笑い転げてしまった。
「なんだよ、腹は全然疲れてねーじゃん! ぎゃははははは!」
 リオルはふくれっつらになった。
「まー、喰えや食えや。どーせ今日も修行やるんだろ」
 ゾロアは、オレンの実を口に入れながら言った。遠慮なく、リオルはその言葉に従って、木の実をほおばり始めた。
「うん、おいひい!」
 今日も、リオルの修行が始まった。