あるクランの話



 パチン。
 鍔鳴りの音が聞こえると同時に、バクナムスはどうと派手に地面に倒れた。
「駆除完了。行くぞ」
「ハイ」

 ガードナー。東の国から来たヒュムの男をリーダーとして結成されたクランで、いずれも腕利き揃いだ。生半可な腕前や心構えを持つ者の加入を許さず、加入希望者にはリーダーが直々にテストして合否を決める、厳しいクラン。辛いエンゲージもこなす彼らガードナーは、賞金稼ぎとしての知名度を上げつつあった。また、クラントーナメントでも上位の成績を残す実力を持つことで別の方向から有名になりつつある。
 リーダーの男は、腰に刀を二本帯びている。だがいつも使うのは片方だけ。それなのに手入れをする時は、両方とも一緒に行う。なぜ片方だけ使うのかと聞かれた事はあったが、返答は簡潔だった。
「これは私の刀じゃないからだ」
 詳しく語りたがらないので、クランのメンバーはそれ以上聞かない。リーダーは基本あまり喋らないのだ……。

 ある日のパブにて。
「ねえリーダー。一つ聞いていいクポ?」
 大きなポンポンを揺らして、銃使いモーグリが問うた。リーダーはちょうど酒を飲んでいたところだが、杯から口を離してモーグリを見た。
「何だ?」
 大きなポンポンがまた揺れる。
「リーダーはいつこのユトランドに来たクポ?」
「……十三年ほど前だな」
「クポポ! リーダーはモグより年上なのクポ!」
「何をいまさら」
 呆れかえった声を出し、リーダーは視線をモーグリからそらす。
「でもどうして、ユトランドに来たクポ?」
「己の見識を広め、腕を磨くためだ」
「へー、そうなのクポ。だけどリーダー超強いし、腕はじゅうぶん磨けてるんじゃないクポ?」
「いや、まだだ」
 リーダーは吐息をもらす。
「私にはまだ越えられぬ人がいる。もっとも、既に亡くなってしまったが……」
「クポ……」
 その時、
「戻ったぜ、リーダー」
「戻ってきたよ〜」
 マスターモンクのバンガとレンジャーのシークが帰ってきた。
「まさかこんな時に店が混雑してるとは思わなくて、遅れてごめんなさい」
 その後ろから、アサシンのヴィエラが飛び込んできた。リーダーは全員がそろっているか確かめてから、静かに言った。
「買い物御苦労さま。好きに飲んできてくれ」
 リーダーのひとことで、皆はそれを実行した。リーダーは話に加わらずにひとりで酒を飲み、それからパブのマスターの元へ行って少し話をする。最近の噂話やモブ討伐手配書など、話をしている間もリーダーはパブの内部でクランのメンバーが何か騒動を起こさないように神経をとがらせている。
「ところでよ」
 空のグラスを磨きながら、マスターは言った。
「あんたのクラン宛てに、さっき手紙が着たそうなんだ。読んでみろよ」
 給仕の差し出した手紙を受け取り、リーダーは読んだ。
「ふむ。我々への挑戦状か」
 クランのメンバーを呼び、手紙を見せる。酔いの回っている者もいたが、手紙を見ると酔いがさめたようだった。皆の返答は一つ。
「もちろん受けて立つ!」

 巨大な氷柱が立ち、刃の一閃によって真っ二つに断たれた。
 奥義・凍滅。
 リーダーの奥義がとどめとなり、エンゲージが終わった。ガードナーに挑戦状をたたきつけたクランは全滅。ガードナーの勝利に終わった。
「なかなか強かったよな、あいつら」
「確かにそうね」
「でもリーダーの奮闘のおかげで勝てたクポ!」
「そうそう、最後の技はすごかった!」
 皆、口々に言いながら帰路に就く。リーダーは彼らの少し前を歩きながら、先ほど戦ったクランの不意打ちを警戒して周りの気配を探っている。だが、道中何事もなく、無事に町までたどり着くことが出来た。
 その夜、皆が寝静まるころ、リーダーは一人起きていた。窓から差し込む月の明かりが部屋を照らし出す。月明かりの中に彼が見たのは、かつて彼がユトランドの地を訪れた時、出会った剣士であった。
(あなたは言っていた、『俺が本気で刃を交えたいのは、剣聖フリメルダだけだ』と……。あの頃の私はあなたの眼中にも入らなかった)
 刀を見る。それは、彼がいつも使う刀より長い。刀と言うよりは太刀であろう。
(命の灯が尽きる前、あなたは私にこの太刀を下さった。だが、あなたの刃をふるう資格など、私には無い。この太刀はあなたから預かっているだけなのだから……)
 月明かりの中で、剣士はリーダーに背を向け、ゆっくりと歩み去った。月が雲に隠れ、部屋の中は暗くなった。
(私は、あなたを越えることはできない……。あなたと再び刃を交えるときなど永遠に来ないのだから)
 リーダーは一筋の涙を流した。

 朝が来た。東雲の光が窓から差し込む。リーダーは一番に目を覚まし、身支度を整える。そして宿の外に出ると、いつもの日課である、素振りを開始した。冷たい朝の風だが、しばらく体を動かしていれば、体は熱くなってくる。
「おはよー」
 後ろの窓から聞こえた声に、リーダーは素振りをやめて振り向いた。窓から、レンジャーのシークが顔を出している。
「おはよう」
「にいちゃん、今日も早いね〜」
「いや、いつもの事だ」
 このクランのメンバーの中では最年少のシークは、窓からリーダーに声をかける。ほかのメンバーと違ってなれなれしい口調なのは、このシークが、リーダーがクランを結成する前からずっと一緒に旅を続けてきたせいだ。
「おいら腹ペコだから先に朝飯食べるけど、にいちゃんは?」
「いや、もう少ししたら行く」
「はーい」
 リーダーはそのまま素振りをしばらく続ける。いい感じに体がほてったところで止め、刀を鞘に収めた。
 東の空へ昇る太陽を見る。眩しい。だがリーダーの目には、東へ向かって歩んでいく、あの剣士の後ろ姿が映っていた。
(私はずっとあなたの背中を見続けることになるのだろう。あの時からずっと――)
 リーダーは宿に戻った。
 朝食をとり、宿を出る。
「リーダー、今日はどうするよ」
「ゼドリーの森へ向かう。なに、すぐ済む用事だ」
「用事ってまたかよ」
 皆は顔を見合わせたが、すぐに、首を縦に振った。
「わかったクポ。一緒にいくクポ」
「……ありがとう」
 クランは、ゼドリーの森へ歩き出した。

 今日は、あの剣士の命日だった。