クランの新米



 ガードナーのリーダーは、イーストランドのリーダーからの紹介で一人のヴィエラをクランに加入させている。それはイーストランドの一員であるヴィエラの、妹。歳はだいぶ離れているはずだが長寿のヴィエラはそれを感じさせない容姿なので、外見は二十歳程度にしか見えないのだった。
 ガードナーのリーダーとイーストランドは、同じ国の出身同士。十三年前にユトランドで会って以来、時々手合わせをしている。最初は負けっぱなしのガードナーだったが、最近はイーストランドを圧倒するほどのチームプレイを身につけるようになった。もちろん個人の戦闘能力も充分磨きあげられている。そんなガードナーに、イーストランドは、ぜひ修行させてほしいと言って彼女を紹介したのだった。
 ガードナーは、新しい加入者に対してリーダーが直々に試練を課すことにしている。中途半端な腕の者はクランの足を引っ張るからだ。リーダーがその腕を試させてほしいと頼むと、イーストランドはあっさり承諾してくれた。
 結果は、リーダーの勝ち。数合わたりあっただけで、ヴィエラはあっさり負けた。だが、これから徹底的に磨けば光るだろうと判断したリーダーは彼女の加入を認めたのだった。

 それからおよそ半年経過した。
 バティストの丘。夕日が辺りを赤く照らしている。
「ふいー、リーダーまた腕を上げたじゃねーか! 俺こわくなってきた、リーダーとこぶしを交えんのは」
「何を言う。修練の足らぬ私に臆するとは情けない!」
「いや、ほんとに怖いんだって!」
 バンガのマスターモンクは、よくリーダーの体術修行に付き合わされている。リーダーは体術もある程度こなせるが、これまでは刀術に重きを置いて修行を積んできたため、その遅れを取り戻すべく、朝夕欠かさず修練を積んでいる。クランには刀術で対等に戦える相手がいないから、代わりに体術を磨く、という一面もあるのだ。
 二人の手合わせを、ヴィエラのアサシンは、少し離れたところで見ている。
(やはり強いわ。私よりずっと年下なのは知ってるけど、その私を圧倒できるほどの腕前はこうやって身に着けていたのね)
 加入試練の時、リーダーに一太刀も浴びせる事が出来ず、すぐ追い詰められて刀を落とされた。それを思い出す。それからは彼女なりに修練を積んできたつもりだ。
(私もまだまだ、腕を磨かねばならない。姉さまのように……)
 そのとき、
「リーダー、夕飯出来たッスよー」
 少年らしさをまだ残したヒュムの狩人が大声で知らせた。隣で、ン・モゥの魔獣使いの少年が、熱々の鍋からフタを外す。いいにおいが鍋から漂ってきた。
「はーらへったーあ、夕飯バンザーイ!」
 マスターモンクは大喜びで駆けだそうとするが、
「まだ手合わせ終了の礼は終わっていないぞ!」
 背を向けたところで、リーダーに足払いをかけられたのだった。
 その夜中、リーダーが一人で修練を積んでいるとき、持ち前の勘の良さで、リーダーは振り返る。ヴィエラが少し離れたところに立っている。
「夜分失礼いたしますが、お手合わせ願いたいのです」
「いいだろう。どのくらい修練を積んだか、見せてもらう」
「かたじけのうございますわ」
 彼女は刃を抜いた。
 五分も経たずに勝敗はついた。リーダーは手加減していたのだが、結局彼女はまた負けた。
 リーダーは刀を鞘に収めた。
「まだ隙は多いが、加入前に刃を交えた時よりは腕をあげている。もう少し修練を積めば前線を任せられるだろうな」
 息を切らした彼女は、自分の刀を拾う余裕もなかったが、
「ありがとうございましたっ……」
 祖国の作法に則り、手合わせした相手に礼を言う事は忘れなかった。

 エンゲージが終了し、モブの討伐は完了した。ン・モゥの白魔道士とシークのレンジャーは、怪我をした皆を手当てしてまわる。中でも一番傷が多いのはリーダー。腕は並はずれているのだが、モンスターの攻撃から味方をかばおうとする事が多いので、怪我も多くなる。そのためクランの中では暗黙の了解が出来た、『リーダーに守られないように己の腕を磨きあげるべし』と。それぞれが修練を積んだ結果、リーダーの怪我は大幅に減っただけでなく、個人のすばらしい腕前と見事な連携技術が生まれて、ガードナーが凄腕の賞金稼ぎクランとしてユトランドの内外で知られるようになったのだった。
 手当てが終わると、依頼主への報告のために、討伐の証拠物を持っていく。ブレードキーパーの背中に突き刺さっている大きな剣。ひっこぬくのは結構骨が折れる。だがモブ討伐の証拠物件としてはふさわしかろう。
 町に向かう途中、彼女は先ほどのエンゲージを思い出していた。初めて前線を任せてもらえたのだが、結局はリーダーに守られっぱなし。リーダーの受けた傷の大部分は、モブの周りを囲むバクナムスたちから彼女を守ったためについたものであった。そして、リーダーが味方をかばおうとするのは、味方がその敵の攻撃に対処できない腕前の間だけと言う事を、彼女は最近知った。この間までかばわれていたその味方は、守られなくなった。ちゃんと敵の攻撃をさばき切る事が出来るようになったからだ。
(私はやっぱりまだまだ修練が足らない……)
 彼女はため息をついた。
 そして彼女は、深夜、ひとりで修練に励んだ。くたびれたのでそろそろ寝ようと思い、テントに戻ろうとしたとき、明るい満月が雲の隙間から顔を出して、優しい光を、少し離れたところにそびえる大木の傍へ投げかけた。何気なくその大木に目をやった彼女は、大木の近くに何か動くものがいるのを見つけた。スプライトでもいるのだろうかと、好奇心をそそられた彼女はそっと大木の傍へと歩いていき、その動くものを見た。
 月明かりの中、リーダーが舞っていた。懐かしい、祖国の舞。リーダーの動きには一つも無駄がない。見惚れるほど美しい舞だ。着ているものが旅の衣でなく舞のための衣装ならばどんなに映えたであろうか。それだけが残念だ。
(武術だけではなかったのね。舞の心得もお持ちだとは。姉さまからはそんな事を聞いていなかったのに……)
 やがてリーダーは舞を終えた。彼女は見つからぬうちにと急いでテントに戻っていった。
 実は、リーダーにその後ろ姿を見られていた事に気づいていなかった……。
「全く、後ろ姿を見られるとは、まだまだ甘い奴だ……」

 日々がすぎ、ガードナーは幾つものモブを討伐したが、リーダーはエンゲージ中に彼女をかばわなくなった。かばわれなくとも、彼女は敵の攻撃をよけ、受け流す事が出来るようになっていたからだ。少しは自分も成長できたと言う事だろうか。そう思いながらも、彼女は今夜も修練に励むのであった。
(前線を任せてもらえるようになったのだもの、期待にこたえねば!)