考え事
(奴は一体何者だ?)
食事代わりの栄養剤を投与され、部屋に戻されたケイは、消灯時間になるまでの間、寝台に寝転がって考え事をしていた。寝台が二つ、天井の換気扇と明かりだけという、極めて殺風景なこの場所は、部屋と言うより牢屋と言った方が正しかろう。天井の蛍光灯は明るい光を投げかけているが、もうしばらくすれば明かりは消される。隣の寝台に寝転がっているリーパーは、すでに眠りについており、ケイの思考の妨げとはならないだろう。
(いつも僕が行くところに、奴は現れる……)
己を死神と名乗った、不思議な格好の少年。捕まえようとした事も、殺そうとした事もあった。だがナイフは空を切り、その手は空をつかんだだけに終わっていた。最初だけ悲鳴を上げて、まるで煙の如く消え去ってしまったところから、本当に殺されると思っていたようだ。それ以降からは逃げなくなったが、その姿を見つけてからしばらく経つと。消えてしまう事に変わりはない。
(見ることはできるのに、触る事が出来ないなんて。そんなの、本当にイキモノなのか?)
イキモノとは、教養のほとんどない彼にとっては、己の手で仕留める事が出来るモノ以外のナニモノでもない。己の手で殺せなければ、イキモノではないのだ。
消灯時間が来た。明かりがゆっくりと消えて部屋は暗くなっていく。
(どうせ、僕が何かすれば奴は出てくるんだ。また今度、何か聞いてみようか)
ケイは目を閉じ、眠りについた。
今回は、新しい改造手術を施される。四人の実験台たちは拘束具で上半身を拘束された後、それぞれ手術室へ移され、麻酔をかけられる。実験台が暴れないように効き目は強力で、すぐに意識を失うのだった。手術のたびに感じていた恐怖も嫌悪感も、今は無い。ただひたすら、組織のすることに従うのみ。
麻酔が切れて意識が戻る。麻酔が切れてくるにつれて、体に痛みが走る。どこをいじられたのかはわからないが、こうして生きていると言う事は、手術は無事に終わったと言う事だろう。手術の後は別室に移され、パイプベッドにて四肢を枷で拘束され、麻酔が切れた後の痛みに耐えきれずに舌を噛み切らぬよう革の猿轡を噛まされる。手術後は、この部屋でしばらく経過観察が行われるのだ。
麻酔が覚め、いつもの痛みが体に走る。その痛みに慣れ切っているケイは、弱いオレンジの光が降り注いでくる天井を見つめた。換気扇がブウウンと静かにうなりをあげている。
(とりあえず、手術は終わったか……。今度は一体どんな改造をされたんだろう)
自分の知るところではないし、説明されても良く分からないのがオチだろう。
(それにしても、あれからずいぶん経ったんだなあ)
幼いころは、この部屋も手術室も怖かった。手術が終わって麻酔が切れると、全身に痛みが走り、こらえきれずに泣きだしたものだった。だが今は、手術にも、この部屋にも、手術後の体の痛みにも、慣れ切ってしまった。経過観察で研究者が入ってくる以外、ここは誰も来ないので、気が楽だ。ここに監禁されている間は、ひとりであれこれ考えにふける事も出来る。いつもの部屋だと、リーパーがいるので、ぼんやり考え事をする事も出来やしない。
ケイは換気扇を見つめながら、ぼんやりと考え事を始めた。
(今度は『試合』をするんだろうか。別にやってもやらなくても構わないけど、あいつらとあたるのは勘弁してほしいな)
リーパー、シュウ、ブラッド。この三人の顔が浮かぶ。
(ブラッドの奴は、顔を切り裂いてやったな、そういえば。あの程度のナイフをよけられないなんて、のろまな奴……)
『試合』でブラッドの顔を切り裂いてやった時の事を思い出す。左目が縦に切られた時の、驚愕に満ちたあの顔。あれを思い出すと愉快だ。自然と笑いがこみあげてくる。
(あんなのでも、狙撃者として役に立ってるんだな)
つぶされた左目は新しく移植された。しばらくは、その眼球の性能にふりまわされて、階段をころげおちたり、壁にぶつかったりと、奇妙な行動を繰り返していた。それを思い出すと、また笑いがこみあげてくる。
(奴は面白おかしい行動ばかりしていたが、シュウの奴は……)
笑いが消える。
(妙な笑いばかり繰り返して、やたらと話をしようとしてくる。しかもさりげなく、こちらの弱みを握ろうとして……!)
枷で拘束されている腕に力が籠り、ケイはぐぐっと拳を握りしめた。しつこい話の後、シュウが話しかけてきた本当の目的を勘付いたケイは、シュウを半殺しに追いやった。『命令』から帰還した直後であり、まだナイフは取り上げられていなかったのだ。当然、シュウは手術室行き。だが、ケイ自身は《罰》を与えられた。
(あれは、ナイフで切られるよりもずっと痛かったな)
処刑室での、何時間にもわたる電流拷問。度重なる手術で肉体を強化されていたために、常人ならばとうの昔に死亡しているはずの拷問にも、ケイは耐え抜いてしまった。
(それでも、シュウの奴に付きまとわれ続けるよりは――)
シュウに比べれば、リーパーは無害そのものだ。用が無ければ話しかけてこない。その方がありがたい。
(奴らの中でも特に目立たない奴だからな……。あのぐらいでちょうどいい)
ケイは安堵のため息をついた。
「!」
入り口が音もなく開いて、中に数人の研究者が入ってくる。いつもの経過観察。考え事の邪魔をしないでほしいと、ケイは内心思っていた。
(全く、何で邪魔ばかりしたがるんだろうなあ……)
観察のために催眠ガスを吹き付けられた彼は、眠気に負けて目を閉じた……。