両眼



(また目をいじられたのか……)
 手術後の実験台たちが経過観察のために監禁される個室。パイプベッドに四肢を伸ばされて枷で固定され、麻酔が切れた後の痛みで舌を噛まないよう革の猿轡を噛まされている。ブラッドは、麻酔が冷めて意識が戻ってまもなく、まぶたが開かなくなっている事に気がついた。遠距離狙撃のために視力を異常に強化した人工の眼球を移植されてきたため、手術後の麻酔が覚めた後で目が開かなくなることには慣れている。移植される眼球がなじむまでに時間が必要なのだ。
 生まれて数年で家族を事故で失ったブラッドは、組織の運営する孤児院に引き取られることになったのだが、生まれつき度の強い遠視で、近くを見ることが困難であった。組織はそこに目をつけ、遠近両方をはっきり見分けることのできる人工の両眼を開発したのだった。普段は普通にものが見え、狙撃の際にはどれほど遠い所に標的がいようともスコープなしの肉眼でハッキリと見つけられるように。
 ブラッドは肉体改造の一方で何度も眼球を移植され直し、そのたびに新しい眼球の性能に振りまわされてきた。普通に歩けるようになるまで何日もかかる、あるいは不良品の場合すぐに視力を失う。これは当然のことだ。
(今度は一体どんな目玉なんだ? 今のままでも十分にものは見えるのに……)
 視力のおとろえを感じたことはない。それなのに、組織は新しい眼球の開発に精を出している様子だ。ブラッドは手術のたびに両眼を新しく移植されている。
 ガチャ。
 重いドアの開く音と、足音。まぶたは開かないが、ブラッドの様子を観察するために入ってきた研究者たちだと言う事は分かった。暴れないようにと催眠ガスを吹きつけられ、ブラッドはすぐ眠りに落ちた。
「フーム」
 眠ったブラッドのまぶたには施錠用の金具がついたベルトが巻かれており、彼は自力で目を開ける事が出来ない。研究者たちはベルトの鍵を外し、ベルトをゆるめた。その下から、異様に赤いまぶたが現れる。まぶたを指でおしあけると、充血しつつある人工の目が見えた。
「まだなじんでいないようですね」
「移植してすぐに働いてくれると嬉しいんだがなあ。そうしたら、我々が研究や実験の最中にうっかり目をつぶすような事があったとしても、移植して間もなく研究を再開できるようになるんだからなあ」
「移植されても、眼球の性能に振りまわされてしまってはお終いですよ。遠近両方のレンズが正常に働いてくれないと……。毎回、移植後にこいつの挙動がしばらくおかしくなる。壁にぶつかったり階段を転げ落ちたりしてるんだから、ピント合わせのレンズの働きがよくないのですよ」
「今回はどうだろうな。目を開いてすぐに普通に歩けるようなら……」
「それはまだわかりませんね」
 ベルトを瞼に宛ててきちんと締め、施錠する。そして研究者たちは部屋を出た。重い扉は閉じられ、鍵をかけられた。
 間もなく、ブラッドは目が覚めた。あかない瞼、動かせない眼球、痛む手術後の傷。それらには、もう慣れてしまっていた。
(ああ、またあの面倒くさいのが始まるのか……)
 部屋から出された後の恒例行事を思い出すと、ブラッドはため息をついた。

 個室から出された後、毎回ブラッドはおかしな挙動を繰り返す。眼球の性能に振りまわされ、それに慣れるまでの期間、彼は階段から転げ落ちたり、開いたドアに体をぶつけたりと、他者から見るととても間抜けなことを繰り返しているのだ。だが彼にとっては、真剣そのもの。慣れてしまったとはいえど、遠近感が毎回狂わされるので、慣れるまでに時間がどうしても必要なのだ。細心の注意を払って動いているのに、毎回必ず何かにぶつかる。正確な距離が測れずに物や壁にぶつかるのはまだ良いほうで、最悪の場合は、そのまま失明して再び手術室へ引きずり込まれることもある。
 今回は、一週間以内に性能を把握することができた。これまでの記録では短い方だ。とはいえ、完全に把握し切っているわけではない……。この性能を完全にものにするには、狙撃で様々な距離の的を撃ち、正確に命中させなくてはならないのだ。肉眼でも何キロも離れた相手を見つけて正確に狙撃できる暗殺者。それが彼のあるべき姿なのだから……。

 ライフルを握る度に思う。
 今の自分は、本当に目が見えているのか、と。
 的が見えるからには、確かに視力はあるのだ。だが、本当に、目で捉えた位置にそれは存在するのだろうか。実際はもっと大きかったり、小さかったり、距離が異なってはいないだろうか。自分の両眼を信用していいのだろうか。
 両眼を改造されていない、スコープを使って狙撃するリーパーが羨ましい。ブラッドは、たびたびそう思っていた。目で見て撃つ以上、最初に信頼するのは自身の両眼で捉えた景色だ。自分の目で見たものを信じられないならば、銃の引き金を引く事もできやしないではないか。大抵、自分の目で見たものを無意識に信頼する。だがブラッドだけは違った。何度も眼球の移植を繰り返し、そのたびに異なる性能に振りまわされ続けてきた。その眼球で捉えたものが本当にその場所にあるのか、心の底では信頼できていない。
 それでもブラッドはそれを信じて引き金を引かねばならない。これまでに『試合』で敗北した実験台たちのように、標本となって保管されるのは嫌だから。たくさんの『試合』でほかの実験台たちを殺し続けてここまでのしあがり、体をさらに頻繁に改造されるようになってもなお、ブラッドはその命にしがみついている。それがたとえ子供じみた理由であろうとも。
(俺は――死にたくないんだ!)