親子



 休憩室。
「また新しい改造を思いついた。これなら研究会議で通るはずだ」
 ワトソンは嬉しそうに話す。不知火は、コーヒーカップから口を離した。
「そしてその最初の実験台が、お前の息子なんだろう?」
「その通り。あいつは優秀なモルモットだからな」
「実の親とは思えん発言だな、いつ聞いても」
「そうかい?」
 ワトソンは煙草に火をつけた。深く吸い込んで、ドーナツ型の煙を天井に噴き上げる。不知火はその目に嫌悪の光を一瞬だけ宿した。が、それはすぐ消え、呆れにとってかわった。
「お前、自分が《第二の青柳》と陰で噂されていることを知らんのか?」
「それくらいは知っているさ。失敬な連中だ。あんな奴と一緒にするとは」
 ワトソンは苦い顔をして、半分まで吸った煙草を勢いよく押しつぶした。
「あんな奴、と言われる理由がそれだろうが」
 今度は不知火が煙草に火をつけた。
「産まれたばかりの実の息子を改造用手術室に送り、その後も改造の実験台にし続けてきたんだ。私をはじめ、他の連中から見れば、お前は立派な《第二の青柳》だぞ。お前は父親としてではなく研究者としてしか、実の息子に接してやらんのだから、そう言われても文句はいえんだろう。組織にスカウトされたときから、お前はそんな奴だったしな。産まれつきネジがぶっとんでいるところがあるんだろ、お前は」
「……そうなのか」
 ワトソンは、憤るでもなく笑うでもなく、考え込むような表情でこたえた。一体どういう受け取り方をしたのかと、不知火はため息をつきながら煙を吐いた。
「俺としては息子をかわいがってるつもりなんだがな。どんな改造をしてもちゃんと望んだ通りの結果を出してくれる可愛い子だ。しかし、お前を初めとした他の連中には変にうつるようだな。それとも、俺が変なのか?」
「お前は息子をモルモットとしか見ていない。優秀な実験動物だから目をかけているだけにすぎないだろうが。もし、一度でも、お前の望んだ通りの結果が現れなかったら、お前は実の息子をどうしていた?」
 暫時の沈黙。
「これまでの実験台同様、ホルマリン漬けか?」
「まあ、そうするだろうな」
 迷いの無い返答だが、不知火はそれを予想出来ていた。フィルターぎりぎりまで吸った煙草を灰皿に押し付けてつぶす。一方ワトソンは二本目の煙草を取り出し、火をつけた。
 ワトソンが組織に加入したのは、中学を卒業したばかりのころ。ある事情から、生まれたばかりの自分の息子を連れての加入であった。
「そして、そのホルマリン漬けの後は、自分の専用研究室に飾っておくさ。共同研究室に置いておくにはもったいなさすぎるからな」
「……お前のネジはいったい何本飛んでいるんだか。もしかすると、生まれつき一本も存在してないのかもしれんな。異常過ぎる。お前は研究者として生まれついているが、家庭を持つようには生まれついていないんだ」
「うーん」
 ワトソンは一吸いしてから、煙を吐いた。それから話題を変える。
「ところで、お前の研究成果はどうなんだ。俺の息子はちゃんと望み通りのデータを供給してくれたが、お前の方は――」
「……奴は失敗作だ!」
 不知火は忌々しそうにテーブルをたたいた。カップが少し揺れた。
「確かにネコの遺伝子を混ぜたことで、体質が変わり、潜入や脱出には有利になった。だが、性格は全く逆のデータを出した。従順にはならなかった。より反抗的になった」
「他の研究者たちは、成功と認めているんだがなあ。お前だけだな、失敗作扱いするのは」
「失敗作に決まっているだろうが。全てこちらの望みの結果を出してくれないことには、成功とは認められん!」
「ネコはイヌとは違うからな。イヌは従順だがネコは独立心が強い。そもそも奴にネコの遺伝子を混ぜようと提案したのはお前だろうに」
「だからこそだ!」
 不知火は乱暴に立ち上がった。椅子がガタンと音を立てた。
 壁にかかっている大きな時計を見る。
「ああもうこんな時間じゃないか。そろそろ戻らないと」
 不知火はカップを片づけ、さっさと休憩室を出て行ってしまった。
 後に残されたワトソンは、灰皿で煙草を押しつぶした。
「俺から見ると、お前も研究者として生まれついたようにしか見えんのだけどなあ」
 急いで出て行った不知火とは反対に、ワトソンはのんびり歩いて、休憩室を後にした。

「どうした」
 ブラッドは、落ち着きのないシュウに向かって、声をかける。寝台の上で、寝転がっているシュウは落ち着きなく姿勢を変えている。
「寝るなら寝ろ。そろそろ消灯だぞ」
「ああ、なんだか落ち着かないんだ」
 背筋がぞわぞわする。かゆいのとは違う。何かが背骨をゆっくりとはい上っているような嫌な感覚が背中にある。それを何とかしようと寝台に背中をこすりつけているのだが……。
「もう嫌だ! 背中、叩いてくれ」
 シュウは飛び起きるや否や、向かいの寝台に座っているブラッドに背中を向ける。
「たぶん、こないだの手術のせいだろうけど、背中がむずがゆいんだ。ちょっと叩いてくれたら、おさまるかもしれない」
「……」
 ブラッドはしばらく黙ったが、やがてシュウの背中を平手でバシッと叩いた。シュウは痛みで一度身を震わせたが、
「ふう、おさまった。ありがとう」
 今度は横になった途端、目を閉じて眠りについた。ちょうど消灯時間になり、部屋の明かりは消える。ブラッドはため息をつき、自分も横になって目を閉じた。
 部屋が闇に閉ざされた時、シュウは目を開けた。その目は、闇の中に浮かび上がった一人の男の顔を睨みつけている。
(どんなに顔が似ていようが、認めるものか! いつか殺してやる!)
 実の父親・ワトソンの顔が、闇から消えた。同時にシュウは本当の眠りに落ちた。