ハニーヒルを越える



 ハニーヒル。
 プププランドの草原の中でも上り下りの坂が多いことで有名な場所。おだやかな風が吹き、昼寝をするのも、坂を利用して草でそり滑りするのにももってこいの場所でもあるのだが……。

「うわああああああああ!」

 そのハニーヒルの中腹あたりで、すさまじい叫び声が響き渡った。ブロントバードの群れがそれに驚いて一斉に四方八方へと飛び去った。
「ああー、助かった」
 ハニーヒルのふもとにて、バーニンレオがフウと大きく息を吐いた。
「まさかあんなドでかいのが転がってくるだなんて想像もしなかったわあ」
 ぷるっと頭を振るったプルアンナ。
「それは仕方なかろう」
 ブレイドナイトも同じく。
 カービィだけは、拾ったリンゴをもぐもぐほおばっている。
 先ほど彼らはハニーヒルの中腹で、ワドルディの群れが団子状になったモノに追いかけられたのだ。上から転がってくるワドルディ団子に仰天し、大急ぎで皆は坂を駆け下りた。ふもとまで転がり降りたところで大きな団子は大岩にぶつかり、ポーンと宙に放り出され、バラバラになって元のワドルディの群れとなってしまった。
「あの丘、また登りなおす? ワドルディの団子がまた落ちてくるかもしれないけど」
 頭の炎を揺らめかせるバーニンレオに、プルアンナは首を横に振った。
「登るなんていやよ。遠回りできる道を探せばいいじゃないの」
「しかし遠回りとなると、まる一日はかかるのではないか? ハニーヒルは坂の多い場所で、平坦なところを見つけるのは逆に難しかろう」
 ブレイドナイトの声は少し暗い。
「まる一日ってそんなにかかっちゃうのお?」
 プルアンナは不機嫌に、頭から水柱をふきあげた。
「しょうがないよ、坂のぼるのイヤならそうするしかないもん」
 バーニンレオの言葉に、プルアンナは不満を隠さない。しかし不満があるのはプルアンナだけではないのだ。この丘を越えなければ、先に見える、デデデ大王の城を目指す事さえできないのだから。
 うーむ。フレンズが頭をつきあわせて考える間、カービィはオレンジをもぐもぐ食べていた。
「おい、カービィ! お前も何かいいアイデアだせよ!」
 ただ食べているだけのカービィに気づいたバーニンレオの言葉に、プルアンナが初めて賛成の意を示す。
「そうよ! 何か考えてるの、カービィちゃん!」
「カービィどの、ぜひ我らと共に考えては下さらんか?」
 ブレイドナイトにも言われてようやっとカービィは食べるのを止め、考えはじめた。
 うーん、どうしようかな。

「まあ、ちゃんと飛べるのはカービィだけとはいえ……」
「さすがに、ちょっと……」
「うむ……」
 バーニンレオとプルアンナとブレイドナイトは、はるか下を見下ろしていた。
   唯一、カービィだけは自分の体に大量の空気を吸い込んで大きく膨らみ、両手をバタバタさせて必死でホバリングをしているので、下を見る余裕はない。
 バーニンレオたちは、カービィの両脚につかまって、空を飛んでいるのだ。と言っても、周囲の木々よりも少し高い所までしか飛べていないのだが。
「で、でもこれだけ『高く』飛べたら、さっきみたいな団子ワドルディなんて跳びこしちゃうよね」
 下を見るのが怖くなったプルアンナはヒレでしっかりバーニンレオの脚をつかみ、今では必死で目をつぶっている。
「おそらくは」
 プルアンナのように怖がることなく、カービィの脚につかまっているブレイドナイトはしれっと言った。
「ま、まあ。他にいいやり方なんて無いしさあ」
 プルアンナに脚を引っ張られているバーニンレオは苦笑した。
 カービィはフレンズたちにしがみつかれながらも必死で両手を動かしてホバリングをする。そうしてハニーヒルの空を少しずつあがるうち、巨大なワドルディ団子に遭遇した中腹までやってきた。皆が団子の出現に身構えた。
 しかし予想に反して、誰も来なかった。ブロントバードが飛んでいるのを除いては。
 ほっと、皆は安堵のため息を漏らした。
「来なかったね、よかった」
 バーニンレオはふうと息を吐いた。そこで小さな火が口から出て来たので、慌てて息を止めて炎をひっこめた。カービィの脚を焦がしてしまうところだったから。
「で、でもまだハニーヒルは終わってないんでしょ?」
 プルアンナはまだ両目をぎゅっと閉じたままだ。
「さよう。だが今現在の我々はハニーヒルのてっぺんに到達した。ここからは下りとなるので、じきに丘を抜けて行けようが、まだ気を抜かない方が良いだろう」
 ブレイドナイトの言葉のあと、急速にカービィの高度が下がっていく。どうしたのかと皆が慌てるより先に、カービィの体内に溜められていた空気がポンと口から飛び出し、必死で動かしていた両手も動きが止まってしまった。ホバリングできなくなって、一同は下り坂へとまっすぐ落下、そろって草地に頭を突っ込んだ。
 ごめんね、もう疲れちゃった。
 しょげかえったカービィにフレンズは言った。
「いいっていいって。カービィがんばってくれたじゃん! ありがとな!」
「うん。わたしたち飛べないから、カービィちゃんのおかげでここまで来られたんだから」
「無事でここまで来られたのはカービィどののお力によるもの! ここからは我々がカービィどのを先へお連れしよう」
 そんなわけで、下り坂は、ブレイドナイトがカービィを背負って進むことになった。登りはそれなりに緩やかだが、下りは急なので、フレンズたちは草に脚を取られて転ばないように気をつけて進んでいく。

 どすん!

 不意に響いた大きな音と、足元を伝わった揺れ。何事かと、皆は脚を止め、音源に向かって振り返った。
 皆の目が一斉に点になった。
 彼らを一度ふもとまで追いやったワドルディ団子がどこからか落ちてきたのだ。それも、そのサイズは先ほどの団子の数倍はある。カービィの先ほどのホバリングで行けた高さよりもずっと大きい。
 その団子が、フレンズめがけてごろごろと転がり落ちて来た!
 驚愕して動けなかったフレンズは、巨大な団子が転がり始めると我に返り、
「は、走れええ!」
 誰が言い出したやら、とにかくフレンズはそれこそ転がるように坂を駆け下りた。 「わっ……!」
 潰されるまいと必死で坂を駆けおりる中、プルアンナが盛り上がりの土につまずいて体勢を崩した。プルアンナはそのまま、前を走るバーニンレオに追突、バーニンレオも体勢を崩してその前を走るブレイドナイトに追突、皆揃って体勢を崩した。
「わああああ!」
 ワドルディのように団子になったフレンズとカービィは坂を転がり落ちていく。
 ハニーヒルのはるか下方には広々とした湖が広がっていて、手前には飛び込み用の桟橋もある。ワドルディ団子は桟橋から湖の中へ盛大に飛びこみ、バラバラと個々のワドルディに戻って湖の中でバタバタ泳ぎ始めた。一方でカービィたちは……
「……め、まわる……」
「で、でもたすかったかも……」
「うむ……」
 幸か不幸か、坂を転げ落ちる途中で石にぶつかって軌道がずれ、桟橋の横にある大きな溝に転がり落ちていた。

 こんなわけでハニーヒルを越えることは出来たのだが、目を回したカービィたちがきちんと歩けるようになるには、まだまだかかりそうだった。