炎の守り手
しとしとと、雨が降っている。
マイホームのキッチン。
「あーあ、またやっちゃったよ」
「んもーっ、何やってんの!」
フライパンのホットケーキが、焦げてしまった。バドはうめき声をあげ、焦げたホットケーキを別の皿に移す。
「しょうがないじゃん! 母さんのフライパンで焼くのとはわけが違うんだから」
普通のフライパンと、バドのフライパンとは全く違う。
「これでも上達した方なんだぞ!」
「火加減もせずに、焼いてるから、まだ焦がすんでしょ。んもーっ、強い火力で焼けばいいってもんじゃないのよ」
コロナはそう言って、湯気を立てているやかんをおろす。紅茶の葉の分量をろくに測らないでティーポットへ放り込み、お湯をドバドバそそぐ。あっというまにポットは湯で満たされ、紅茶の葉が中で踊り始める。早く色を出させるために軽くポットを振り、それから盆の上にお茶菓子を並べる。少し焦げたホットケーキ、スコーン、チョコレートケーキ、各種ジャム。
「ところで」
バドが言った。
「イルカキューリってもう収穫したっけ?」
「あ、忘れてたわね。でも、後でいいじゃん、今は雨なんだしさ」
コロナはそう言いながら、大きな盆に必要なものを全部載せて、運んでいった。
「はい、どうぞ」
コロナはリビングのテーブルに盆を乗せる。そこにいるゲストは礼を言った。
「ありがとう」
断崖の町ガトの寺院を守る僧兵・ダナエは、アクセサリの鈴をチリンチリンと鳴らしながら、熱い紅茶にたっぷりとミルクを入れて冷ます。
「私、猫舌なものですから」
「いいんです」
向かいに座った、ペンギンのヴァレリは言った。
コロナとバドも席に着き、好きな茶菓子をとる。バドはスコーンにビーダマンベリーのジャムをたっぷりとつけ、コロナはホットケーキにバターを塗る。
「すみません。雨宿りだけじゃなくてお茶もごちそうしていただいて」
「いいのいいの。はむ」
バドはスコーンをほおばった。
「雨があがらなかったら、泊まっていってください」
コロナの言葉に、ダナエは耳をピクピクさせた。
「ありがとう、でも長居は出来ないの。私はガトの寺院の守り人のひとりだから、夕方には戻らないと、私の夜のお勤めに間に合わないのよ」
「おつとめ?」
「寺院の警備よ。炎の守り人のルーベンスも、司祭長のマチルダもいないけれど、誰かが守らなくてはいけないの。火は人々の暮らしを昔から支え続けたもの。それを守ることは、この寺院を守ることにもつながるのだから」
「よくわかんないけど、大変なんだね」
「バド、他人事みたいに言わないの」
「だってさー、実感わかないじゃん」
「……一度竈についた火を消すには水をかければ済むけれど、火を燃やし続けるにはどんどん薪を足していかなければならないでしょう」
ダナエはヒゲにスコーンのジャムをくっつけている。
「それに、ただ燃やすだけじゃあ駄目。適度な大きさで長く燃やすためには、それなりに工夫が必要なの。料理の時もそうでしょう? いつも強い火力で食材を焼くだけじゃなく、弱い火でじっくりとスープを煮込むこともあるでしょう?」
「そういえばそうだね」
「簡単なようで、火をともし続けるのはとても難しい事なの。魔法でももちろん火はともせるけれど、一時的なものに過ぎないでしょう? 本物の火を長く守り続けるには、誰かが絶えず見ていなければならないのよ」
「へー」
話は進んだ。そのうち雨はやみ、空には綺麗な虹がかかる。
「雨があがりましたわ。では、おいとまさせていただきます。お茶をありがとう」
ダナエは尻尾を振って礼を言い、ドアを開けた。
僧兵の姿が小高い丘から消えてしまうと、バドとコロナはヴァレリと一緒にお茶の片づけをした。空には夕焼けのオレンジが広がりはじめていた。
その夜、バドは初めて、何も焦がさずに料理を作る事が出来た。