ペンギン
「コロナあ」
はたきで本棚をはたきながら、バドが言った。
「なによ」
ホウキで(もちろん掃除用のそれであり、父の形見のそれではない)床をはきながら、コロナは弟に言った。
「あのペンギン、いつのまに家に来たんだろう?」
「さあ」
双子の知らぬ間に、1羽のペンギンが住みついていた。
「お世話になってます」
ちゃんと掃除もするし、料理もするし、洗濯もするし、木の実の収穫やペットの世話もしている。しかし、一体何故住み着いているのか、さっぱりわからないのだった。
ある日の昼下がり、双子は思い切って聞いてみた。
「ねえ、ペンギンさんってどこから来たの?」
熱い紅茶と、スコーンとビスケットと果物が載った皿を前に、ペンギンは言った。
「わたしヴァレリと言います。マドラ海岸に住んでたんです」
「へー、マドラ海岸なんだ」
バドは自分の紅茶にたっぷり砂糖を入れた。
「でもどうして、ここに来たのさ」
「卵、温めるためなんです」
ペンギンは、ぽっと顔を赤く染めた。バドとコロナは思わず顔を見合わせた。
「た、たまご?!」
「はい、デビッドとわたしの……」
ヴァレリの顔はますます赤くなった。
「あのひと、特別に許して下さったんです、おうちにいてもいいんだよって。外は魔獣だらけだから卵を孵すのもちょっと危なくて……それで、お世話になってるんです」
「そうなんですか」
コロナはフウフウ吹いて自分の熱い紅茶を少し冷まし、一口飲んだ。
「もう、何か言ってくれてもいいのにさ」
バドはふくれっつらで、ビスケットをバリバリ食べる。
「しょうがないじゃん。いつもどこかに出かけてて、めったに家にいないんだし。私たちだってたまにジオの魔法学園の方へ遊びに行ったりしてるじゃん」
コロナはスコーンにドッグピーチのジャムをつけてほおばった。
「ところでヴァレリさん。卵ってどこにあるんですか? 一度も見た事ないんですけど」
「卵は、ここですわ」
ヴァレリは、身につけているペンギン用の服をそっと触った。こんもりとその部分だけ膨らんでいるのが見える。
「いつ孵るんですか?」
「そうですね、まだまだ先ですね」
ヴァレリはいとしそうに卵を撫でた。
「いつか海から魔獣がいなくなって、海が平和になってデビッドがわたしを迎えに来てくれる日が来てくれたら……そのときは赤ちゃんも一緒に行きますわ」
「きっと来ますよ、その日が!」
「そうだよ!」
「ありがとうございます……」
ヴァレリはまなじりの涙をぬぐった。
よく晴れた朝。彼は目を覚ました。久しぶりにぐっすりと眠れた。ここのところ、あちこちをかけずり回ってばかりだったから。身支度を整えて、朝食を取りに階下へ降りる。パンの焼けるいい香りが階段へ漂ってきた。
おはよう。
「おはよー、ししょー」
「おはようございますう」
一足早く起きてテーブルを整えている双子が、彼を見つけて声をかけた。
「もうすぐお支度できますよう」
スープなべをかきまわしながら、声をかけたのはヴァレリであった。
トースト、サンタリンゴのジャム、ドッキリマッシュのスープ、イルカキューリとハリネズミレタスのサラダ、紅茶。皆、テーブルに乗った。
「いただきまーす」
「あっ、バドったら! ジャムつけすぎよ!」
「うっさいなー」
「あらあらスープのおかわりいかがです?」
彼。バド、コロナ、ヴァレリ。久しぶりの、にぎやかな朝食だった。