あるフリーターの生活



「へい、チャーシューメンお待ち!」
「はいよ、ワンタンメンとギョーザセットをおひとつずつね!」
「はい、いらっしゃーい。二名様ですねー。禁煙席でよろしいですかー?」
「まいどありがとーございましたー」
 フリーターである篠崎良平は、サラリーマンたちの間をとぶように移動しながら、手際良く、注文の品を並べていく。このラーメン屋では一番長く働いているのだ、混んでいる間の配膳にも慣れたもの。注文を取る際も慌てない。席が空けばさっさと片付け、新しく店に入ってきた客を案内する。仕事中はくるくるとよく働くのである。
 一方で、仕事の入っていない日は、住居の狭いアパートで寝ている事の方が多い。だが夜間になると、
(ユメ、クワセロ!)
 契約している夢魔・レッドフェレットに無理やり外へ連れ出されるのだった。
 レッドフェレット種は夢の選別にうるさい。そのため、契約する夢魔使いはいずれも、夢の選別にとくに長けた者たちにだけ限られる。良平もその例にもれず。
「どうせお前、なに食わせても文句ばっかりだろうがよ!」
(ウルサイ、バカヤロウ!)
 夢魔の背中に乗りながらも喧嘩をする。レッドフェレットは喧嘩が激しくなると、良平を振り落とそうとするので、そうされぬよう良平はその真っ赤な毛皮にしっかりとしがみつくのであった。
(ヤッパリ、マズイゾ!)
 せっかく夢を与えてやっても、この有様だ。
「まずいならさっさと吐き出せよ! いつもそうやってねだるくせに文句ばっかり言いやがって、この毛皮野郎が!」
(ウルサイ、ウルサイ!)
 夢の選別にうるさい故に夢魔の中では個体数の少ない種族だが、夢魔使いとの度重なる衝突もその個体数の少なさの原因のひとつだった。
 それでも彼らが主との契約を解除しないのは、契約主しか、己の好みの夢を食べさせてくれないからなのだ。だからこそ、喧嘩はしても決して契約を解除しないのだ。
(オトサレルノガイヤナラ、モットウマイモノヲクワセロ!)
「だから、これ以上は集められないって言ってるだろ!」
 良平とレッドフェレットは、夜空でぎゃあぎゃあ騒ぎあった。そうしてやっとレッドフェレットがぶつぶつ不満をもらしながらも良平の家へ戻り、背中の彼を布団の上へ振り落としてから夢魔の世界へ帰っていった後、良平はようやっと安堵のため息をついて、布団へもぐりこむ。
「やっと帰ってくれたか……」
 わずか一時間たらずの仕事とは言えども、これが、ラーメン屋でのアルバイトよりも遥かにくたびれる仕事なのであった。

「へい、らっしゃーい」
 店の引き戸をガラガラと開けて入ってきた客に、手のあいた良平は急いで近づいた。
「お、よー来たな」
 入ってきたのは、啓二と澄子である。ある事件で知り合ったこの二人、たまにこの店へ食べにくるようになったのだ。良平は、二人を空席に案内し、メニューをわたしてからおしぼりと水入りのコップを二つ持っていった。
「注文決まったら、そこのベル押して呼んでくれよ」
 そうして良平は他のアルバイターと共に店の中を駆け回ったが、彼が一番よく働いた。やがて、啓二の押した注文のベルが鳴り、良平はすっとんでいった。
「はいよ、チャーハンセットとねぎラーメンね!」
 てきぱき注文を取り、彼は厨房へ飛び込んで注文を伝え、代わりに出来たばかりの注文の品を盆に載せて運び出した。そのうち、啓二と澄子の注文したものが出来あがったので、良平はそれを急いで運んだ。
「ほい、お待ちどうさん。勘定書はここにおいとくけど、追加の注文があったら遠慮なく呼んでくれよ」
「ハイ、ありがとうございます」
 啓二と澄子が食べ始める音を聞く間もなく、良平は次の客の案内にすっとんでいった。二人は午後の講義がないのでのんびり食事を取り、その間にサラリーマンの数は徐々に少なくなっていき、最後には学生の数が多くなった。講義のある者は慌てて食べ、ない者はのんびりしている。時間が経つうちに客の数は徐々に減っていく。啓二と澄子が会計を済ませて店を出たころには、店の時計は一時半を過ぎていた。このころになると店もだいぶ空いてきて、暇が出来てくる。
「さて、まかないの時間だ!」
 良平はこれを楽しみにしていた。まかないの内容は、イカの足のから揚げやチャーハン、スープなど。日によって内容が変わる。冷蔵庫や冷凍庫の整理もかねてのまかないなのだが、良平は文句言わずに食べる。食費が浮く上、あぶらっこいものが多いのですぐに腹が減らない。食事が終わって休憩したら、今度は夕方からの客に備える。そうして、閉店まで、良平の仕事は続くのだった。
 閉店後、良平はまかないで膨れた腹をさすりながらのんびり帰宅する。夜中前だが、気にしない。
「げっぷ。さーて、腹いっぱいになった事だし、そろそろ寝て――」
 だがそうは問屋がおろさない。自宅の鍵を開けようとした途端、夢魔の気配。そして、良平の服の襟をくわえたレッドフェレットが、
(ユメ、クワセロ!)  主の都合などおかまいなしに、空へと飛び立ったのだった。