執念



 ガンリュー島。
 ムサシとの決闘に、コジローは敗れた。
 この日のために磨き抜いてきた剣術も、ムサシにはかなわなかった。
「この、コジローが負けるとは……!」
 日が暮れてきた頃、コジローは執念だけで立ち上がっていた。
「勝つつもりならなぜ鞘を捨てる、か……!」
 投げ捨てた鞘を拾い、刀を収める。
「今度は捨てんぞ! 次こそはおぬしに勝つときだからな、ムサシ!」
 コジローは駆けだした。

 夜通しかかって森を抜けると、コジローは小さな村にたどりついた。まだ朝が早いので、誰も起きてきていないようだ。近くの看板を読むと「アミヤクイ村」と書いてある。
「ううむ。この村の住人はムサシを知っておるだろうか?」
 だが人が起きてくるまで待つつもりはない。日が昇ったら聞きに戻ればいいのだ。コジローはまた森に入ったが、今度は別方向へ進んでいった。襲ってくる不思議な生き物どもを、磨き抜いた剣術で切り伏せ、己の足の赴くままに突っ走る。日は昇り、辺りは明るくなる。
 途中、深いイバラに道をふさがれる。刀で切ってもちっとも歯がたたない。それどころか刀が刃こぼれしかねないほどだ。
「仕方ない。乗り越えていくしかないか……」
 着物を破らないように注意しながらイバラを乗り越え、そのまま進んでいくと、今度は森の様子が変わる。何だか不気味な、寒々とした森になった。だがムサシとの決闘しか頭にないコジローにはどうでもいいこと。コジローはとにかく突っ走った。そのうち雪が降り始め、気がつくと、何と氷で出来た巨大な館の前にいたのだった。
「うう、寒い。ここにムサシはいるのか?」
「だーれもいないと思うわよ」
 突然聞こえた声に、コジローは振り返って身構える。
「なにやつ!?」
 少し離れたところに、赤い髪の女が立って、コジローを見ている。敵ではなさそうだ?
「自分が誰かなんて、どうでもいいじゃない? それより、あんたの目指す人物はここには来ていないと思うわよ。アタシはさっきからここにいるんだけど、誰も通りかからなかったもの」
「おぬし、ムサシを知っているのか?!」
「会ったことはないけどね。でも、話には聞いてるわ。いろんなところを走り回ってるみたい」
「今、ムサシは何処にいる!?」
「さあねえ。ひょっとしたら、あそこじゃないかしら?」
 女が指したのは、もくもくと派手に煙の上がる方角。確かあそこはアミヤクイ村の方角だ。
「事件の起こるところには、必ずいるみたいだから、行ってみれば?」
「かたじけないっ」
 コジローはそれだけ言って、駆けだした。
「あらあら、せっかちさんだこと」
 赤い髪の女はその背中を見送った。

 コジローがアミヤクイ村に到着したのは、その日の夕方前。村から吹きあがっていたらしい煙はおさまっている。だが辺りはなんだか暑苦しい。火事でもあったのかと周りを見回すが、建物が焼けた様子はない。ムサシを探してみるが、目に見える範囲には、いない。
「畜生! 一足遅かったか!」
 思わず地団太を踏んだ。懸命に走ってきたのに、結局ムサシをつかまえられなかった。気が抜けると同時に、まる一日飲まず食わずで動き回っていた事を思い出す。ムサシへの執念おそるべし。
「腹が減っては、戦は出来ん……」
 幸い、襲ってきた謎の生き物が落とした銭を拾っていたので、コジローは、看板のついている建物を覗いてみる。見た事の無い作りの建物ばかりだ。
「おや、あんた、もしかしてムサシちゃんの友達かい?」
 どっしりした肝っ玉母さん・道具店のアイは、店に入ってきたコジローを見るなり、声をかけた。
「ムサシを知ってるのか?!」
 疲れも忘れてコジローはつかつかと歩み寄る。さすがにカウンターの上には乗らなかったが。
「ああ、知ってるとも。さっきスチームウッドの暴走を止めてくれたし、テムの命も助けてくれた恩人だからねえ」
 スチームウッドなるものが何なのかはコジローにはわからなかったが、それはどうでもいいこと。ムサシの居場所を聞いたが、あいにく彼女は知らないと答えた。
「ま、そのうち会えると思うよ。なんだったらしばらく逗留していくかい?」
「いや、拙者は一刻も早くムサシと会わなくてはならない! のんびりしている暇はない!」
「そうかい。せっかちだねえ。でも、今日はもう日が暮れるから、やすんだほうがいいよ。あんた、今にも倒れそうなほど疲れてる顔しているからねえ」
 実際その通りだった。アイの勧めで、すぐ向かいにある宿に入ると、
「いらっしゃぁい。ゆっくりしていきな」
 明るい声で、宿の主・レントがカウンターの向こうから声をかけてきた。
「おや、ムサシ君の友達かい?」
「ムサシを知ってるのか?」
 またしてもコジローは素早くカウンターへ歩み寄った。
「知ってるも何も、いろんな事件を解決してきたんだ、ここらへんじゃちょっとした有名人だよ」
「今、ムサシはどこに?!」
「さあねえ」
 結局、いい返事は得られなかった。
(この村の住人はムサシのことは知っているが、どこにいるかまでは知らんのだな……。仕方ない、自分で探すか)
 案内された部屋に入ると、くたびれていたコジローはさっさと寝てしまった。
 朝、レントに部屋代を払って、コジローは宿を出た。
「さ、ムサシを捜さねば!」
 眩しい朝日が辺りを明るく照らす中、コジローはふたご山へ向かって駆けだした。
「ムサシ! 今度こそ拙者がおぬしに勝つ!」