執念、再び



「くそー、ここにもムサシはいなかったか!」
 巨大なアリの生息する不気味な廃坑からやっとのことで外に出てきたコジローは、太陽の光を浴びるや否や、悪態をついたのだった。
「ううむ、やはり拙者の行くところはもうすでにムサシが通ったところ! 拙者が遅れてムサシの後を追っているだけ……。やはりあの村で待ち構えた方がいいだろうか……」
 あのアミヤクイ村を拠点に、ムサシはあちらこちらを動き回っている様子。ならばあの村にずっといればいつかムサシは戻ってくるはずだ。その時にまた決闘を申し込めばいい!
「そうだ、そうすればいいんだ!」
 コジローは、着物についた泥をちゃっちゃと飛ばしつつも、アミヤクイ村へ向かった。

「ムサシ君の場所? さあねえ、彼はいつも動きまわっているからね」
 宿屋のレントは、首を振るばかりである。またしても、こいつも駄目か、とコジローは内心ためいきをついた。
「でもねえ、何か変な事を言いながらあちこち駆け回ってるんだよ、最近は」
「へんなこと?」
「そうそう。『空の巻』がどうのとか『空の日』がどうのとか『大樹』がどうのとか……」
 このアミヤクイ村が独特の曜日を用いている事は、コジローは既に知っている。
「空の日は、明日だな。何か祭りでもあるのか?」
「道具屋の特売日くらいなもんだね。特にお祭りといえるものは最近はないよ。だけどムサシ君の場合は違うみたいなんだよねえ。特売日を待つならずっとこの村にいればいいだけの話なんだしね。誰かの誕生日というわけでもないみたいだし」
 やっぱりレントは首をかしげるだけだった。
「それより早くその泥をおとしたらどうなんだい? そんなに泥まみれで汚れてちゃ、みっともないだろう。ほら、いつもの部屋の鍵」
「わ、わかっている!」
 コジローはレントから鍵を受け取り、代わりに部屋代をはらって、階段を上った。

 曇り空の空曜日。ここ数日の疲れがたまっていたせいか、コジローは寝坊してしまった。
「しまった、拙者とした事が!」
 身支度して刀をひっつかみ、部屋を飛び出す。階段を駆け下り、カウンターの傍にいるレントに挨拶をするのも忘れて入口へ駆ける。
「そうだ、コジロー君、ちょっと待った!」
 レントに呼び止められ、コジローは入り口で振り返る。
「何だ?」
「さっき、うちのミントがムサシ君を見たんだそうな」
「何っ」
 思わずコジローはカウンターに向かってずかずか歩いていた。
「それで、ムサシは何処へ行った?!」
「何でも、スチームウッドの森へ駆けていったらしい。いつも蒸気を噴出している、熱いあの森さ」
「うむ、そうか! かたじけない!」
 コジローは今度こそ、宿を飛び出した。

 スチームウッドの森は、鉄管だらけの蒸し暑い森だ。
「雨か。そういえば曇り空だったな」
 森に入ると同時に、ポタポタと弱い雨が降り注いできた。コジローは手近な木に登って、ムサシが見えないか探す。
「あっ」
 枝の上から落ちそうになった。崖の上にムサシの姿があったのだ。ムサシは大きなつるぎを、地面に突き立てる。すると、そこから大きな竜巻が発生し、ムサシが上空へと運ばれていったではないか!
「な、何だあれは?!」
 驚きつつもコジローは木から下りる。苦労して崖を登り、ムサシがいた場所に到着する。
「なんだ、この文様は……」
 緑の弱い光を放つ円形の文様。近づいてみると、まるで台風のような強風が、その円陣から発せられているのが分かる。もしやムサシはこの風に乗って……?
 コジローは上空を見る。ムサシの姿はもう見えない。だがムサシが上空へ飛んでいったのは事実だ、この目で見たのだから。
「拙者もいけるだろうか」
 おそるおそる、円陣の上へ乗ってみる。コジローの体があっというまに、風に吹き上げられた。
(おおっ、行けた!)
 だがどこまで行くのだろう。普通ならば、そう思うはず。だがコジローはそんな事など微塵も思っていなかった。
「これで、ムサシに追いつけるぞ!」
 恐怖や驚きよりも、ムサシと決闘できる喜びの方がはるかに勝っていたのだから。
 ムサシの後を追い、コジローは到着する。
 リカーバレルへと。
「さあ行くぞ!」
 コジローは勢いよくリカーバレルの内部へと突入した。
 ムサシと決闘するために。