商売人



「バド、何やってるのよ、もう!」
 コロナはオーブンから焼き菓子を取り出したところで、うっかり皿を落としたバドに怒鳴った。
「もー、うるさいな。今片付けるよ」
 バドはちりとりとホウキ(断じてコロナのものではない)を持ってきて、床に散っている皿の破片を掃き集めた。そしてちりとりの中のものを、縁の欠けた古びた壺の中へ捨てる。それは、割れた食器類を片づけるためのゴミ箱となっているのだ。
 双子の弟が片づけをしている間に、コロナはスコーンをバスケットに盛りつけ、ドッグピーチやキャットアプリコットのジャムやドミナの市場で買ったクリームを小瓶につめたものと一緒に大きな盆に乗せ、持っていく。ペンギンのヴァレリが、沸いた湯をポットへ注いでから茶葉を入れ、ポットにふたをした。片づけを終えたバドは、角砂糖やミルクを持っていく。ティーポットは最後だ。

 コロナはティーポットを持っていく。そして、カップや受け皿を客人の前に置いた。
「はいどうぞ」
 今日の来客は、
「んにゃー! ありがとにゃ」
 猫のような兎のような、不思議な商売人ニキータ。自分の商売で相手が幸せになれると信じて疑わぬニキータは、法外な値段でガラクタを売りつけたり、ガトの町でつくられる酒シュタインベルガーを飲み干したり、魔法都市ジオのクリスティ商会の主クリスティが病にかかった時は薬草代として多額の金を要求し支払いができないと知るとニキータ商会として乗っ取りをしたりと、色々と悪評高い商売人だ。
 当人はそれらを悪いこととは全く思っていないのが、周囲の悩みの種であるが……。
「猫舌はつらいのにゃ」
 ニキータは紅茶にたっぷりとミルクを注いで冷まし、スコーンをバスケットから取って、クリームをこってりと塗りつけてかぶりつく。
「うんうん、美味しいのにゃ。いいクリーム使ってるにゃ。どこで買ったのにゃ? ここには牧場が無いはずにゃ」
「ドミナの市場だよ。ミルク売ってる店あるんだけど、最近じゃあ、クリームも売るようになったんだ。搾りたてで美味しいよ」
 自分のスコーンにジャムをぬりながらバドが答えると、ニキータはふむふむと、ヒゲをクリームだらけにしながらも熱心に聞く。
「なるほどにゃ。あの店のミルクを出す牛を探す必要があるにゃ」
 ニキータが紅茶を飲みほした所で、ヴァレリが問うた。
「ニキータさんは、あの人とはいつからお知り合いですの?」
「しばらく前からそうなのにゃ。あのひとはなかなかいい買い物をしてくれる人にゃ。人を見る目もあるし、盗賊を恐れない度胸もあるにゃ。何と言っても、オイラの商売あがったりになりそうなリュオン街道の盗賊退治も自ら引き受けてくれたのにゃ」
 ニキータは話しながらも手を休めず、スコーンをとってクリームを塗りつけては口に運び、紅茶に大量のミルクを注いで冷ましては喉の渇きをうるおしている。
「とにかくあの人は本当に素晴らしい人なのにゃ。オイラの商売を理解してくれる、数少ない人なのにゃ」
 ニキータはその言葉で話を締めくくった。それから、懐から時計を取り出す。
「あら、もうこんな時間になってしまったのにゃ。オイラはそろそろ商売に戻るのにゃ。お茶とスコーン、美味しかったのにゃ」
「どうしたしまして」
 食べっぷりに呆れたコロナの声。ニキータは素早く支度を整え、
「あでぃおーす!」
 さっと手をひとふりし、ドアを開けて去って行った。
「すんごいおしゃべりだったな」
 バドは、手に持ったままの冷めたスコーンを食べる事もせず、ただ茫然として、開きっぱなしのドアを見つめた。開いたドアの向こうで、ニキータが去って行くのが見える。
「とにかく喋りたいだけの人だったんだわ」
 コロナは早くも立ち直り、自分の食器を片づけにかかる。
「でもそのうち、また会うことになるんじゃないでしょうか」
 ヴァレリは空っぽのティーポットとバスケットを台所に運ぶ。
「ドミナの町を拠点に活動しているって、言っていましたものね」
「そういやそうだったね」
 バドは、また次に会ったら長ったらしい話を聞かされるのかと苦い顔をし、スコーンにクリームとジャムをこってりとつけてほおばった。

 猫のような兎のような商売人ニキータがドミナの市場でミルク売りと何やら喋っているのを見つけるのは、バドとコロナが買い物に出かけたある日のことであった。