再会と別れの前と



 それなりに大きな町の表通りに建つ酒場兼食堂の大きな店では、昼下がりから、ささやかな再会の祝いが行われていた。
「まさかお前らもこの町にいたなんて思わなかったぜ!」
 ヴィールスは上機嫌でビールを飲みほす。その隣の席で、安宿で風呂を済ませてワンピース姿のエンティは目を瞬かせながら相手を見つめ、ヴィールスに視線を向ける。
「しりあい?」
「おう。昔からの親友だよ、二人とも」
 ヴィールスの言葉に、相手は答える。
「半年くらいは会えてなかったけどな」
「うん。でも互いに無事に会えてよかったよ」
 有名な賞金稼ぎの二人組、ソウシュとウルティー。二人はエンティと互いに自己紹介しあったのち、話の矛先をヴィールスに戻す。
「ひとりで修行の旅してると思ってたが、今はガキのお守してんのか?」
 森に住むエルフ族がヴィールスと同じ俗語をしゃべるとは。しかも肩には愛らしい動物や鳥ではなくて、トカゲを乗せている。世間知らずのエンティはエルフを見るのが初めてなこともあって、高尚な種族エルフの理想像とのギャップに目を丸くした。ひどい言葉遣いだと思いながらも、それを口に出すほどエンティは思慮が浅くは無い。
「お守っつーか、護衛だな。こいつの両親が住んでる、この先のもっとでかい町まで行くんだ。あと一週間ぐらいの道のりだぜ」
 割ったチーズの半分をエンティに差し出しながらヴィールスが答えると、
「……一週間てことは歩いていくのか。馬車に乗ったほうが早くつけると思うけど?」
 ウルティーが口を挟んだが、ソウシュと比べると俗語の訛りが弱い。
「そりゃ早くつけるのはわかってるけど、二人分の馬車代結構かかるから歩いたほうがいいんだよ」
「それもそうか」
「そんなら歩いたほうがよさそうだね」
 ヴィールスの言葉を、賞金稼ぎたちは軽く流して、ビールと共に飲み込んだ。
「お前いつでも金が足りないってぴいぴいしてっからな。ここは俺たちが奢ってやるから、お前らそろって、今日は好きなだけ飲んで食ってけよ」
 歯に衣着せないソウシュの言葉とウルティーの頷きを、ヴィールスは満面の笑みで受け取った。親友の金払いが良いときは、とても懐の暖かいときなのだとわかっているから。
「おう、ありがとな!」
「あ、ありがとうございます!」
 エンティも礼を言った。世の中、金が無ければ食事や宿もままならないということを、この旅を通じて、彼女は身に染みて理解していたからだ。だから、金を気にせずすき放題食べられるのは嬉しいことだった。
 それから、雑談に花が咲いた。

 日が暮れかかるころ、四人は混雑してきた店を後にした。たらふく料理を食べすぎて動けなくなってしまったエンティは、ヴィールスの背に背負われている。ビールの酔いがほどよく回っているはずのヴィールスは、それでもろくにふらつかず、両脚を何とか地面に立たせている。
「今日はありがとな!」
 げふ、とヴィールスは軽くゲップをした。
「いいってことよ。久しぶりに会ったんだし、お前もガキの御守で大変そうだからな」
 ヴィールス以上にビールを飲んでいたソウシュだが、酒への強さは相当なもので、酔った様子など微塵もない。逆に相棒のウルティーの方が、彼の半分ほどしか飲んでいないのに酔いで顔が赤らんでいる。
「久しぶりにたっぷり飲んだなあ」
「そんだけ顔が真っ赤になってりゃあ、満足だろ。じゃ、そろそろ宿に戻るか……。おいヴィールス、部屋はとってあるのか?」
「おう!」
 奇しくも、四人が部屋を取っていたのは、歓楽街の外に建つおんぼろの安宿。おやすみの挨拶をしてから四人はそれぞれの部屋に引き取ったが、エンティはヴィールスと同室である。
「おなかいっぱい……動けないよお」
 ワンピースを着たままのエンティは、藁の上に厚手の布をかけただけの簡易ベッドに寝転がって、動かない。部屋のろうそくに明かりを灯してから、ヴィールスは呆れた目で彼女を見る。
「そりゃあ、あんなにバカスカ食ってりゃあな。スープだ芋のサラダだ揚げた鶏だ、色々食いまくって最後には残したけど、そのちっこい体のどこに詰め込んでんのかってビックリしたぜ」
「だって、久しぶりにちゃんとしたごはん食べれたんだもん。そっちだってお酒をお水みたいにいっぱい飲んで――」
「わかったわかった。腹も膨れたんだから、もう寝ろ」
 ヴィールスが友人たちと談笑している間、エンティはとにかくいろいろ食べていたのだ。満腹になって当然。しかし、酒の飲みすぎで記憶も荷物もなくした覚えがあるヴィールスは、それ以上痛いところをつかれるまえにとエンティを寝かしつけた。やがて食べ過ぎたのがこなれてくると、満腹でうなっていたエンティはさほど苦しがらなくなり、まもなくすやすやと寝息を立てた。
「あと一週間かあ」
 ろうそくの明かりを吹き消したヴィールスは、月の光に照らされるエンティの寝顔を見つめた。友人たちとの再会で忘れかけていたのだが、この、幼い少女に振り回される旅もあと一週間で終わりを告げるのだ。

 翌日、晴れ渡った空の下、四人は宿を発った。
「おなかがもたれて動けない……」
 宿のおかみから洗濯の済んだ僧服を受け取ったものの、いまだに体が重くて着替えがおっくうだったエンティは、やっぱりワンピース姿でヴィールスに背負われている。
「そりゃあ食べ過ぎだね」
 朝の日差しを浴びて綺麗な銀に輝く長い髪を束ねながら、ウルティーが苦笑する。あまり同情した様子もなく、肩にトカゲを乗せたソウシュはしれっと言った。
「油っけのキツイ鶏の揚げもんを丸ごと食えば、俺だってそうなっちまわあ。腹の消化の弱いガキならなおのこった」
 唯一、消化力の強いヴィールスは油による胃もたれなど経験したことがない。
「さて、そろそろ支度して出発するぞ」
 干し肉や塩、日持ちするパンなどを買い、皮袋にたっぷりと水を入れる。ヴィールスが二人の友人と旅の支度をする間、エンティは露天商の売る菓子や軽食や面白そうなおもちゃなどに目を奪われていた。
 友人たちとヴィールスの行き先は違うので、町の外でお別れだ。
「そんじゃな、二人とも元気でやってけよ」
「また会おうね」
 ソウシュとウルティーの明るい笑みに、ヴィールスは答えた。
「おう、また会おうな!」
「あ、ありがとございます」
 多少苦しそうに、エンティも答えた。
 そして友人たちと別れ、ヴィールスは目的地までの道を歩き出す。整備された街道のはるか先に、エンティの両親が暮らす町があるのだ。
(あと一週間かあ)
 ヴィールスの背中に背負われたまま、エンティはぼんやりと考えていた。