白銀の髪
何の因果なのか、その子供に出遭った。
森の中で、行き倒れた子供。歳は五歳ごろで、粗末なぼろぼろの服を着ている。スラム街に住む子供でももう少しマシなものを着ているというのに。何日も食べていないのか、ずいぶん痩せており、体は泥で汚れている。
抱き上げたとき、その軽さに驚く。死んでいるものと思ったが、脈はあったし、かすかに呼吸もしていた。水筒の水で少し口を湿してやると、反応があった。水を飲もうとする。が、飲みたいだけ飲ませると体に負担をかけるので、相手がねだっても少しずつ与えていった。やがて子供は目を開けた。美しいアクアマリンのような水色の瞳。
魔術師の家系。
瞳の色を見てすぐにわかった。人間の中で、水色の瞳を持つのは、魔術師の家系の血を引くものだけだ。だが、すぐに自分の目を疑わせたものがあった。
この子供の、銀色の髪。
汚れているが、きれいに洗って櫛を入れれば、さぞや美しく輝くであろう。自分の知る限りでは、この銀色の髪を持つのも魔術師の家系の人間だけ。それも、極めて稀にしか生まれてこない、『忌み子』……。
この子供は捨てられたのだ。
子供は、何か小さな言葉を呟きながら、骨と皮ばかりの腕を伸ばし、こちらの服を掴んだ。まるで、抱擁を求めるかのように。アクアマリンの目には涙が浮かんでいた。
やがて子供は安堵の息をそっと吐いて、眠りについた。
あれから十年以上経った。かつては骨と皮ばかりのやせこけた子供だった彼は、今は、一流の剣術を身につけて、俺の相棒となっている。その輝くような銀の髪から、賞金稼ぎたちの間では《銀の尾》というあだ名をつけられている。
とはいえ、本人はそのあだ名で呼ばれることをことのほか嫌っている。原因は単純、その輝くような銀の髪のため。しかし、嫌なら髪を切るか染めろと何度も言っているにも拘らず、背中まで伸ばした髪をいっこうに切ろうとしないし、別の色に染めもしない。
「この髪を持つ限り、僕は魔術師の家系とは縁が切れないんだよ……。だから何をしても無駄なんだ」
それが、あいつの口癖。一度決めたらそう簡単に折れない、意志の強い、悪く言えば頑固な奴に育ってしまった。一体誰に似たのやら。
爆ぜる焚き火の向こうには、火の番を俺に任せて眠りについた相棒の姿がある。いつでも剣を抜けるように鞘ごと抱いて、落ち葉のクッションの上に座った姿勢で。
焚き火の中に、キメオルの翼の下で眠っている痩せこけた子供の姿が見える。あの頃は、いつも俺に守られていた。だが今は、身を守る術を持たず、闇と獣に怯えていたあの時とはもう違う。自分の身は自分で守れるし、夜にうろつく獣や深い闇に怯える事もない。十にも満たぬうちから徹底的に武術を仕込み、実戦経験も積ませてきたのだから。おかげで、同じ年頃の戦士の中でも抜きん出た強さと度胸、冷静さと的確な判断力を持ち合わせるに至った。その成長は嬉しくもあり、同時に少し寂しくもあった。
しかし、多少手解きをしてやっても魔術は全く使えなかった。本人はそれをひどく気にしている。魔術師の家系の生まれなのに、全く魔法が使えない。その事があいつに強い劣等感を抱かせているようだ。その気持ちは分かる。俺も似たようなもんだから。魔術が使えなくても、それに代わるものなら持っているとはいえ――
焚き火に照らされる銀の髪は、明るい火の光を浴びて、昼間とは別の美しい輝きを放っている。思わず見とれてしまいそうな、磨いた銀にも匹敵する、あるいはそれ以上の輝き。
「綺麗だな」
思わず口に出していた。
目の前の相棒は俺の独り言にも気づかないまま、眠り続けている。その寝顔に安らぎが浮かんだ事は、一度もない。何の夢を見ているのだろうか。捨てられたときの夢か、それともあの男の――
あの男の髪も、同じく銀色。若干くすんではいるが、それでも、あの輝きはまさしく銀そのものだ。世界の何処を探しても、銀の髪を持って生まれてくるものなどいない。魔術師の家系の者を除けば。
だから、あの男に惹かれているのだろう。自分と『同じ』だから。
なぜかあの男も、相棒に惹かれているように見える。刃を交えることはあっても、決して殺さない。それどころか、死を覚悟した相棒に、憐れみとも哀しみとも受け取れる、奇妙な目を向けて、刃を引く。そして同じ言葉を何度も繰り返して、去っていくのだ。
「全てを知りたければ、私を追って来い」
一体何の目的で、あの男はあんな事を言ったのか。全く分からない。相棒はあの男の後を追う気でいる。俺は構わないとは思っていないが、相棒の頑固さには頭が下がってしまう。だから一緒に追っている。
相棒があの男を追う理由は、一つしかないだろう。
同じ、銀の髪を持っているから――