もう一人の銀の髪



「私を追ってこい」
 相手はそう言って、喉もとにつきつけていた剣を引いた。
「すべてを知りたければな」

 同じ銀の髪を持つ魔族の男・クロードは以前もそう言った。神殿を焼き払い、司祭や僧侶たちをことごとく殺しつくしたあの男は、何かを手に入れて、去って行った。
 がれきの中、ウルティーはやっと立ち上がった。落ちた剣を拾い上げて鞘に納める。あの男に、一太刀もあびせることはできなかった。あの男は強すぎた……。
「大丈夫か!?」
 離れたところで、足止めを食らっていたソウシュがやっと追い付いてきた。もう一人の、エルフそっくりの魔族・ファウラに今まで攻撃され続けていたのだ。なぜかあの男はソウシュに対し明らかな憎悪を抱いている。クロードの制止の命令がなければ即座にその大鎌で首をはねてしまいかねないほどに。
「くそー、逃げてくるだけでこんなに時間かかっちまったぜ」
「……」
 ウルティーは魔族たちが去った方を見つめていた。東の道。

「よろしいのですか、奴らにとどめをささなかったこと……」
「くどい」
 クロードは、一蹴した。
「ファウラ、先に戻れ。私は後から行く」
「は」
 彼の命令には絶対に逆らわないファウラは、素直に転送術で消えた。残ったクロードは、振り返る。後ろから聞こえる足音。何かが空を切って飛んでくる。
 握っていた剣で、飛んできた矢を防いだ。
「追いついた!」
 ウルティーとソウシュが、追いついた。クロードは攻撃もせず、近づきつつある二人を見ているだけ。
 ウルティーはまた剣を抜き、ソウシュは矢を番えた。魔族ひとりの強さはケタはずれ、しかもこの男の剣術は超人クラスの腕前だ。この二人だけで相手に傷を負わせることなどできっこないとわかってはいるが……。
「なぜ殺した! 何の罪もない人たちを……!」
 ウルティーは怒鳴った。さっきもそう言った。だが相手は答えなかったのだ。
「哀れだな……」
 魔族はウルティーに目を向けた。血のように赤い瞳の中に、剣を構えるウルティーがうつる。
「気の毒にな……。何度も己を呪ったのだろう、『この銀の髪さえなければ』と……」
 やや目を伏せたクロードの言葉に、思わずウルティーの体が固まった。相手の表情は悲しみと憐れみに満ちている。
「お前も私と同じ……。だが――」
 何かが空を切った。クロードはすぐさま剣でそれをなぎはらう。
 折れた矢が地面に勢いよく刺さった。
「たぶらかすつもりか、てめえ!」
 ソウシュは新しく矢をつがえた。
「奴の話なんかに耳を傾けるんじゃねえぞ!」
 ウルティーは言われて、あらためて剣を構えなおす。だがその目には迷いが生まれている。
 クロードは二人に背を向けるや否や、転送術を詠唱した。ソウシュが矢を放った時には、彼の姿は光の中にかき消えていた。
 言葉を一つ残して。

「遅かったな……」
 血のような色の竜に酷似した魔族・ローバックスはクロードに言った。ドラゴンとしては標準的な大きさだが、額に輝く嫌な赤色の宝石がローバックスと普通のドラゴンとの間に一線を引いている。腐食性のガスを吐くこの魔竜は、トカゲのような先割れの舌を牙の隙間から出しながら、大地を揺るがすような声で問うた。
「道草を食っておったのか?」
「少し話をしていた。懐かしき奴らが我が前に表れたせいでな」
「さようか」
 荒れた地面に横になっているローバックスの傍により、
「子供たちはいずこに?」
「わらべたちは、遊びに出かけておる。安心せい、ファウラは目付役じゃ。ダイアストの周りに近寄らんように気をつけておるわい」
「そうか。奴ならば安心して子供を任せられよう。子供たちも奴に懐いている故」
 安堵の息を吐いたクロードは、神殿から奪い取ってきたものを、マントの裏側から取り出した。
 赤子の握りこぶしほどの大きさの黒真珠。
「まだ足りぬ。これだけではまだ足りぬ……」

「お前なあ、躊躇しただろう、さっき」
 矢を背中の矢筒にしまいながら、ソウシュは言った。ウルティーは苦い顔をして、剣を鞘に納める。
「前もそうだったろ、お前は攻撃をためらってた。まあお前が戦っても勝ち目がないのはわかりきってたけどよ、同じ銀の髪だからって、あいつに感情移入してんじゃねえよ! あいつが撤退したからよかったものの、そうじゃなかったら隙をつかれて殺られたかもしれねえのに!」
「……」
 ソウシュは、無口な相棒にさらに何か言おうとして口を開きかけたが、結局閉じてしまった。今は何を言っても聞いてくれそうにない顔だから。ため息をついて、ソウシュは相棒に背を向けた。こうなったら、相手の気のすむまで悩ませておくしかない。
 ウルティーは、さきほどまでクロードの立っていた場所を見つめていた。とどめをささずに剣を引いた、あの白銀の髪の男は、一体なぜ自分にあんな目を向けてきたのだろうか。あれは敵意でもなく、軽蔑でもなく、あざけりでもなく……。
 憐みの目。
 なぜあんな目を……。
「魔術師の家系の秘密を知りたければ、私を追ってこい。お前が忌み子とされた理由も、話してやれるかもしれん」
 あの男はそれだけ言い残して去った。
「神殿に行けば……」
 各地の神殿へ行けば、あの男といつか会うことになるかもしれない。ソウシュは反対するだろうけど……どうしても知りたいのだ。
 魔術師の家系の秘密。そして、白銀の髪の子供が忌み子とされてきたその理由を……。