あと二週間



「まだかなあ」
「まだまだ。さっき乗ったばっかりだろ」
「ねむいよう」
 エンティは大あくびした。
 藁を積んだ農耕用の馬車はガラガラと音を立てながら、街道を進んでいく。拓かれた道が、はるか前方に伸びている。進んでいくにつれて、田畑がどんどん、街道の両側へと増えていく。
「寝てればいいだろ」
 ヴィールスの言葉が終わらぬうちに、エンティは藁の上で浅い眠りに落ちた。
「まだ町までかかるからなー。子供にゃたいくつか」
 ヴィールスもあくびをしたが、彼は目を開けていた。町に到着したら彼女を起こすためだ。
 暖かな空気と柔らかな太陽の光で、昼はポカポカと暖かくなり、寝るにはもってこいの季節だ。だが、ヴィールスは眠らずに起きていた。後ろから襲ってくる獣に気をつけなければならないから。

 馬車が到着した。街道沿いにある小さな村。街道はこの先を通って、さらに大きな町へと続いている。
「あんがとー、おっちゃん」
 ヴィールスは、あくびしているエンティを馬車からおろした後、少額の金を渡した。腰の曲がりかけた農夫はそれを受け取ると、そのまま馬車を少し先まで走らせていった。
「ねむい……」
「宿屋がすぐそこなんだから、さっさと行くぞ!」
 エンティの手を引っ張り、ヴィールスは村の中に見える小さな木造の建物を目指した。おんぼろの木の看板が、風に揺れていた。
 おんぼろだが掃除の行き届いていて清潔な宿に部屋をとる。二人部屋を取ろうとしたヴィールスだがエンティは一緒がいいとわがままを言ったので、結局は一人部屋となった。
 大きな木のたらいに湯を張った簡単な風呂に入って体の汚れを落とし、ついでに服の洗濯もする。夕食までひと眠りしようと、エンティは、ひとつしかない古びたベッドに寝転がって寝息を立てた。そろそろ旅に慣れてはきたが、それでも彼女は幼く体力も少ない。宿に着くたびに真昼間から眠ってしまうのだ。
「目的地はまだなのか?」
 おんぼろの窓から外を眺めながら、ヴィールスはつぶやいた。いや、目的地が、この街道の先にある事は知っているのだ。だが、そこにたどりつけるのがいつなのか、彼にはわからないのである。好奇心旺盛な、箱入り娘が、しょっちゅう寄り道をしたがるからだ……。
 夕方、日が暮れる少し前にヴィールスはエンティを起こした。ぐっすり寝ていたエンティは、夕飯だと聞かされると、ねぼけまなこをぱっちりと開けた。
「ごはん! 食べる!」
 大急ぎで、服を着替える。この村へ来る途中に通った町で購入した替えの服。いつも僧服を身につけているエンティには、安い生地で仕立てられたワンピースはとてもステキな服だった。旅には向かない服だとヴィールスに言われても、わがままを押しとおし、それを買ってもらった。僧服を洗濯していて乾かしている間には、その薄い桃色のワンピースを着ているのだった。
 宿の簡易食堂で、乳粥と固いパンと豆のスープで食事を終える。それからエンティはまた寝ると言った。食事の時は活き活きした目をしていたが、単に、木の実や干し肉以外のものを食べられるのが嬉しかっただけのようだった。
 まわりの連中を巻き込んで飲み比べの一つもしたいところだが、エンティというお荷物がいるのでそれも出来ないヴィールス。彼女を目的地に送り届けるまでは、羽目を外せない。エンティが部屋に引き取ると、ヴィールスも後に続いた。本当は、もっと飲みたいのだが……。
 食後すぐに、疲れがとり切れていないのか、エンティは、一つしかないベッドにもぐりこんですやすやと寝息を立て始めた。
(また俺が寝られやしねえ……)
 ヴィールスは明かりを消した後、おんぼろ窓に歩み寄る。綺麗な満月が空を明るく照らす。雲ひとつない快晴だ。明日もきっと晴れるだろう。
 月を見ながら思い出す。エンティと旅をして、二ヶ月以上経った。最初はすぐに疲れて休憩してばかり、目につくものを純粋な好奇心でもって眺め場合によってはつつきまわしていた。薬草と毒草の区別もつかず、雑草すらも引きちぎって持ってきた時には、彼女の無知に驚いたものだった。
(少しは成長したのかな)
 今は、最低限、傷薬用の薬草の区別くらいはつくようになった。すぐに座りこんで休む事もなくなり、長い距離を歩けるようになってきた。疲れたから背負えと我儘を言う事も少なくなり、ヴィールスは正直安堵している。
「到着まで、順調に行ければ、あと二週間くらいかな……」
 ぐっすり眠っているエンティを見る。世間知らずなこの少女と一緒に旅できるのも、あとわずか。重荷はとれるが、少し寂しくなるだろう。だが、仕方のない事だ。彼女とかわした約束は、彼女を無事に親類の住む町まで連れていく事なのだから。
「あと、二週間か」
 ヴィールスは、さびしげに微笑んでいた。