ルカリオの疑問



 大乱闘の無い日。それは、この世界で戦うフィギュアファイターたちの休日。
 こんなとき、子供たちはチームを作って野球をする事が多い。キャプテンはもちろん、ネス。当然子供だけではメンバーが足りないのでポケモンたちや大人も誘うのだが、皆こころよく参加してくれる。大人チームが加わるときは、キャプテンはマリオになる。
「プレイボール!」
 プレイボールの合図で、子供チームのピッチャー・トゥーンリンクが球を投げる。大人チームのバッター・オリマーが勢いよくバットを振って、打った。カキンと良い音を立て、バットとボールがぶつかりあい、ボールは高く飛んだ。
「ぷり〜」
 一塁を守るプリンは、何とかそのボールをとろうとフワフワ浮き上がる。が、ボールは、プリンの頭上を越えてしまった。オリマーは一塁を通過して二塁へ走ったが、最速のファイター・ソニックがすぐボールを追いかけてキャッチした。ボールを二塁めがけて投げたので、走者は短い脚を精一杯動かして一塁に戻った。
 続く二番バッターはマルス。いつもの大乱闘で手放さぬファルシオンの代わりに、今日はバットを握る。さあ来いと言われたトゥーンリンクは、直球を放つ。マルスは左へ高々とボールを打ち上げたが、シングルヒット。三塁を守るポポにボールをキャッチされて一塁へ投げられたため、一塁から出る事は出来なかった。次の三番バッターはルイージだったが、頭にボールを喰らってしばらく目を回し、トゥーンリンクはひたすら謝っていた。

 ファイターたちがチームを作って野球を楽しんでいる場所から離れたところにある、雑木林。その中で一番高い木のてっぺんにて、ルカリオが瞑想していた。やがて瞑想から覚め、目を閉じたままで、木のてっぺんに載ったままで回れ右する。風に乗って、耳に入ってくる歓声。これはいつも闘技場で聞いている客のものではない。ファイターたちのものだ。歓声の内容から、四番のマリオが盛大にホームランをキメた、大人チームの応援の声と分かる。守備のソニックが駿足を生かして追うも、それでも間に合いそうに無いほど、ボールは遠くに飛んで行ったようだ。
 何かが風を切る音が聞こえてきた。そしてそれは、ルカリオに向かって飛んでくる。
「?」
 目を開けると、確かに何かが風を切って向かってきた。
 野球ボール!
 ルカリオは反射的に身構え、ボールを掴んだ。よほど強くマリオはバットを振り回したのだろう、キャッチした手がびりっと一瞬シビれた。
「ヘイ、ユー!」
 下から声が聞こえた。飛び降りてみると、ソニックがいた。
「あんたかい、ボールつかまえてくれたの。サンキュー!」
 ソニックはルカリオからボールを受け取るや否や、目にも留まらぬ速度で去っていった。あっという間に青いハリネズミの姿が消えうせた。いつもながらあわただしい奴だと、ルカリオは思った。大乱闘においても、ソニックが一箇所にじっとしていたことなど、一度も無いのだ。
 雑木林の向こうから、また歓声が聞こえてきた。全速力で走っていたのに、ソニックは間に合わなかったようだ。大人チームに点を取られ、子供チームは残念そうだった。
 ルカリオは雑木林を離れ、歓声の聞こえる方角へ足を向けた。そういえば、大乱闘の無い休日に他のファイターたちと交流した事はなかった。いつも一人で瞑想し、神経を研ぎ澄ましていたものだ。それが、己の波導を高める修行のひとつだから。体を休めて遊ぶなど考えたことも無かった。
 だいぶ近くによってみる。いつのまにか、攻守交替し、子供チームが攻撃側に立っている。二塁にカービィ、三塁にリュカ。バッターボックスにはナナがいる。ピッチャーのシークが変化球を投げ、ナナは勢いよくバットを振ったが、ストライク。結局打てずにアウトになった。次に打席に立ったのは四番のネス。子供チームの中では一番野球が上手なので、メンバーからも信頼されている。シークの投げた変化球を、ネスはたやすく軌道を見切ってバットを振った。カキンと威勢の良い音が聞こえ、続いて、高く、遠くへボールが飛んでいく。
 ルカリオの立っている方角へ。
「またか」
 またしてもルカリオは、ボールを受け止めた。マリオほどではないが、やはりネスも強くバットを振ったと見え、ボールを受け止めた瞬間に手がしびれた。
「おーい」
 ボールをとりにきたと思われる、ファルコ。ルカリオがボールを投げてやると、ファルコはグローブでキャッチした。
「あんがとよ。んじゃ」
 ファルコはさっと身を翻して、戻っていった。やがて子供チームから歓声が上がった。リュカ、カービィが次々に本塁へ走りこんだ。ファルコがボールを本塁へ投げ、同時に三塁から走り出したネスもボールより先に本塁へ走りこもうとする。遠距離から投げられたボールは、本塁にたどりつくには遠すぎたが、一度シークが受け止め、本塁のアイクに向かって投げる。脚が短いネスはボールより先にたどりつくべく必死で足を動かし、最後はスライディングで本塁へ突っ込む。シークから投げられたボールを、キャッチャーのアイクが受け止める。
 二秒の沈黙。
「セーフ!」
 リンクの判定に、子供チームはわきかえった。

 試合が終わり、勝利は子供チームが手に入れた。
 喜び、バンザイバンザイを繰り返す子供たちを、遠くからルカリオは見つめた。マリオを初めとした大人チームは、子供たちの勝利をたたえて拍手をした。
 皆、楽しそうだ。
 ルカリオにとっては毎日が修行。大乱闘も修行、休日も修行。だがファイターたちは、大乱闘では精一杯戦い抜き、休日は目いっぱい羽根を伸ばしている。休日に遊んでいるのに、大乱闘ではなぜあんなに強いのだろう。ルカリオは不思議に思った。氷山で戦ったあのメタナイトですら、野球のチームに入っているのだ。本人は嫌々ながらのようではあるが……。
(あんなに楽しそうにはしゃいで遊んでいるのに、ファイターたちは強い。遊びを通じて修行をしているのだろうか。いや、私の考えすぎだろうか?)
 休日に遊んでばかりいるファイターたちがここまで強い理由が一体何なのか、ルカリオにはわからない。
 考えていると、ボールがコロコロと転がってきた。見ると、野球チームは解散したものの、今度はキャッチボールを始めた子供たちが、ボールを取りそこなったのであった。
「ねー、投げて投げて!」
 ポポが声をかけてきた。ルカリオがボールを投げてやると、ポポは礼を言って、ナナとキャッチボールをはじめた。ルカリオはそれを見つめながら、キャッチボールをするポケモンたちにも目を向けた。フシギソウがボールを蔓で持ち上げ、投げる。リザードンが、グローブをつけた手でキャッチし、ゼニガメへ投げる。グローブをつけるには前足が小さすぎるので、ゼニガメは素手で受け止めている。ボールを受け止め損ねたプリンが、ルカリオの傍までよちよちとやってくる。そしてボールを拾った。
「なぜ、遊んでいる? なぜ修行しないのだ?」
 ルカリオは聞いてみた。プリンは、ビー球のようにまん丸な目をくりくりさせながら、簡潔に答えた。皆で遊ぶのが楽しいのだ、と。不思議がるルカリオに、プリンは言った。たまには、一緒に遊ばない? たのしいよ。
「……」
 ピカチュウの元へ歩き去っていくプリンを見て、ルカリオは思った。ファイターたちは遊びを通じて修行しているわけではない。楽しいから遊んでいるのであって、修行をするためではないのだ。遊びというのは、ファイターたちが強くなるための秘訣なのだろうか。よくわからない。
(遊べば、私も少しは強くなれるのだろうか?)
 ルカリオは首をかしげた。

 今度の休日に、野球をやってみようか……。