氷山



 かつて亜空軍に乗っ取られたハルバードを取り返すためにメタナイトが登った、登山競争のためにアイスクライマーが登った、氷山。
「ううう、冷える」
 思わず口に出すピット。
「シール集めのためとは言え、ここはいつ来ても寒いなあ」
 すぐそばでは、防寒着に身を包んだアイスクライマーがぴょんぴょん飛び跳ねている。彼らのホームグラウンドなのだから、はしゃぎまわっているのも当然だろう。ピットは翼を閉じて体を覆い、少しでも寒さを和らげようとする。どうせなら暖かな土地に行きたかったが、あいにくほかの仲間たちがピットの行きたかった土地でシール集めをしている。くじびきで場所を選んだ結果、ピットとアイスクライマーはこの氷山にあたったというわけ。
『おにいちゃん、早く行こうよ!』
 ポポとナナは一心同体、同じ言葉を同時にしゃべる。ピットは翼を広げ、飛んでいけば少しは冷たい氷に触れずにすむだろうと思って、アイスクライマーの後を追った。

 氷山に登ってしばらく経った。
『とう!』
『やあ!』
 アイスクライマーは元気に木の小さなハンマーを振り回し、向かってくる敵をたたく。ピットは二人のあとを追うので精一杯。寒くて翼も動かしにくくなっている。飛ぶのはもうあきらめてしまった。アイスクライマーから引き離されないように徒歩でついていくしかない。ピットのやることといえば、アイスクライマーが片っ端から倒す敵が落としていくシールを拾い集めることだった。
「何であんなに元気なんだろうなあ。僕なんか寒くて仕方ないのに」
 しゃべるのも億劫だ。
「ふぇっくしょっ」
 くしゃみが出てしまった。
 アイスクライマーははしゃぎながらも先へ進んでいく。ピットは何とか追いつこうとダッシュする。が、防寒着を着ていない体は冷えて、上手く動かない。寒さで体が動いてくれないのだ。
「ううう、パルテナ様の親衛隊隊長たる僕がこれしきのことで……」
 つるっ。
 氷の小さな塊で足を滑らせた。あわてて体勢を立て直そうとするが、氷の上では踏ん張りきれない。力を入れすぎてうっかり足を踏み外し、氷から氷水の中へと、派手な水しぶきを上げて、ピットは落ちてしまった。翼と服が冷たい水を吸収する。空気を求めてもがいたが、冷水は容赦なく彼を水中へ引きずり込もうと体に冷たい触手を絡みつかせて体温を奪っていく。ただでさえ冷えた体が氷水でさらに冷やされ、ピットの体からあっというまに力が抜けていく。
「た、たすけ……」
 先に行ってしまったのかアイスクライマーの姿はどこにも見えず、ピットはそのまま水の中へ引きずり込まれた。

 意識が戻ったのは、それからどのくらい経ったころなのか。
 ピットは目を開けた。まぶしい光が目に飛び込み、思わず目を閉じる。もう一度目をあけると、今度は光の中にほかのものも入ってきた。ふたつの大きな顔らしい。
 心配そうな顔の、ポポとナナが両側からピットの顔を覗き込んでいた。
「だいじょぶ?」
 ナナが聞いた。
 ピットは何とか、大丈夫と言った。
 周りを見ると、ここはあの氷山ではなく、そのふもとだった。
「先に行っちゃってごめんね」
 ポポは、しょげた顔をした。
 ピットは、アイスクライマーの防寒着がぐっしょり濡れているのを見た。
「何で、濡れてるんだい?」
 自分の服もまだ濡れている。ピットの問いに、ナナは答えた。
「おにいちゃん助けるために、水に飛び込んだの」
「あの水に飛び込んだのかい?」
「うん。寒いの、平気だから」
 寒い風にさらされるのと、冷たい水に頭からざんぶと飛び込むのとは全く次元が違うことのように思われたが、ピットはそんなことどうでもよかった。
「平気って……濡れたままの防寒着なんか着っぱなしじゃあ、風邪引くじゃないか!」
「だいじょぶ。じきに乾くもん」
 ナナはピンクの防寒着のすそをしぼって冷水を搾り出した。ポポもうなずいた。
「そんなっ、よくないよ。僕を助けるために冷たい水に浸かってびしょぬれになったんだから!」
 ピットは、体が冷えているのにもかかわらず、飛び起きた。
「さ、それ脱いで」
「だいじょぶだって」
「だいじょぶじゃないよ! 早く服脱いで!」
 ピットは、小さな二人をせかした。が、
「だいじょぶって言ったでしょ」
 いつのまにか、二人の防寒着は完全に乾いていた。気づけば、自分の服も。
「あ、そうか……」
 この世界では、冷水に浸かろうがマグマに落ちようが、体がダメージを受けるだけで、服はすぐ乾き或いは元通りになって、フィールドで戦えるようになっているのだ。
「すっかり忘れてたね」
「だいじょぶだから」
 ナナが言った先、くしゃみが出た。
「あーあ、結局風邪ひいてるじゃないか。シール集めは中断して、いったん帰ったほうがいいかもね」
 ピットは、自分の集めてきたシールを入れた小さな袋を探す。
 ない。
「あれ? 結わえ付けたはずなのに……」
 探したが、見つからない。氷山のどこかで落としてきたのだとわかった。
「あーあ」
 ピットはがっくりと肩を落とした。アイスクライマーは互いに顔を見合わせる。たくさん敵を倒し、たくさんのシールを集めてきたと思っていたが――
「しょうがないよ」
 ポポは言った。
「ねえ」
 ナナも言った。
『シールなんてまた集めなおせるしね』
 アイスクライマーは、肩を落としたピットに言った。
「君たち……」
 ピットは顔を上げた。喪失感に満ちた顔が、ちょっとだけ、笑顔になった。
「そうだね。もう一度、行こうか」
『うん!』

 ピットとアイスクライマーは再び氷山を登り始めた。