一筋の閃光



 ガキン!
 盾で受け止めた相手の剣の威力に、リンクは思わず後ずさる。盾の持ち手を通して、相手の剣の威力が伝わってくる。盾を持つ右手が、ただの一撃で痺れ、盾を持つのが困難に感じられるほど。
(かなり手ごわいな)
 対峙している相手は、どこかの傭兵団の団長だとかいう、アイクという男。その手には、両手で持たねばならぬほどの重さを持つ神剣ラグネルを握っている。それを片手で軽々とふるう豪腕を見て、リンクは、火薬箱すら楽々砕く、ガノンドロフの怪力を思い出した。
 アイクは、盾で防がれた両手剣をすぐに戻し、少しはなれて、リンクの出方をうかがっている。その目はリンクのあらゆる動きを捉え、体はすぐにカウンターで反撃できるように剣を構えなおしている。弓を出そうとして少し下がるが、即座にアイクは居合い斬りで距離をつめ、邪魔をする。仕方なく、マスターソードでラグネルの一撃を防ぐ。
 しばらくリンクとアイクはフィールドでにらみ合っていた。相手の隙を見つけようと、そして隙を突かれまいと、ジリジリと少しずつ移動しながら。
 太陽は二人の歩みにあわせて少しずつ移動していく。やがて、雲の中から、太陽の光がフィールドを眩しく照らす。同時に、アイクが構えている神剣ラグネルが太陽の光を反射して眩しく光り、リンクは一瞬の目の眩みで目を閉じてしまった。
「だりゃあ!」
 威勢のよい掛け声と同時に、地を蹴る音。
「しまった……!」
 盾を突き出そうとしたが遅かった。辛うじてマスターソードを前に突き出してアイクの突進をある程度防いだものの、最初の一撃だけは甘んじて喰らうことになってしまった。みぞおちに前蹴りを喰らい、リンクは易々と吹っ飛ばされる。地面でバウンドする寸前、受身を取って素早く起き上がり、相手との距離をとる。アイクは追撃せず、リンクの出方を窺っている。弓を出そうと手を動かすが、すぐにアイクは距離をつめる。出す暇を与えない。相手の体勢を見れば分かる。弓同様、爆弾を取り出す暇も、ブーメランを投げる暇も与えてはくれないだろう。
 リンクは呼吸を整え、アイクに突きかかった。アイクはラグネルを容赦なく振るい、攻撃する。手加減する気はなさそうだ。そしてリンクとしても、手加減はして欲しくなかった。切り結び、跳んで距離をとり、様子を窺う。刃を交えるたび、相手の重い一撃が左手を痺れさせる。リンクは肩で息をしながら、思った。
(やっぱり強いぞ……)

 フィールドを囲むスタジアムの観客席。大勢の観客が、リンクあるいはアイクに声援を飛ばしている。その最前列の席に、正統派王子マルスが座って試合を静かに見ている。その右側で、ネス、リュカがアイクに声援を飛ばしている。左側でトゥーンリンクがリンクに声援を飛ばしている。
「今日のアイクは違うね」
 マルスの呟きを、トゥーンリンクは聞き逃さなかった。一か八かブーメランを投げつけようとしたリンクにアイクの居合い斬りが決まった直後の、鼓膜が破れそうなほどの大歓声の中で。
 トゥーンリンクはマルスを見上げる。マルスは相手が何を聞きたいか察し、言った。
「リンクに飛び道具を何一つ使わせようとはしない。剣だけでの戦いを望んでいるね」
「どうして?」
「アイクもリンクも、同じ剣士だ。だからこそ、アイクは相手の実力を知りたいのさ。……ほら、見てご覧。どうやらリンクも察したようだよ」

 目の前の、緑の服装の若者リンクは、数多くの冒険を乗り越えてきた強さと勇気を読み取る事ができた。冒険には色々と装備がつき物だが、今はこのフィールドの中で、剣だけで勝負をしたかった。
 アイクは、久しぶりの剣の勝負に熱くなっていた。マルスとは何度も戦ってきたし、腕前はほぼ互角のため、何度も引き分けている。音速の剣士メタナイトとも何度も手合わせしているが、猛スピードで振られる剣の軌道を読むのが難しい上にすばしっこく、何度か敗北している。トゥーンリンクは剣を使うがまだ幼く体重も軽い上、本気を出せば簡単に吹っ飛んでしまう事もあり、少し役不足。
 今、目の前にいるリンクは、アイクの相手としてはちょうどいい。時々無茶して突っ込んでくるが、こちらの行動を瞬時に読み取り、合わせて動く。何度か刃を交える。剣は我流だが、筋はよい。左利きと言うのも珍しい。
(俺の傭兵団に入れれば、十分な活躍が期待できそうだ)
 アイクは、思わず口の端が上がるのを感じた。
(おっと、今は試合中だな。気を引き締めねば)
 リンクは、飛び道具を使おうとしなくなった。代わりに、先ほどよりも激しく突きかかってきた。アイクは遠慮なく応戦する。相手の息は少し荒くなっている。少し無鉄砲なやり方で戦っているため、疲れが出てきたようだ。
 マスターソードとラグネルがいい音を立てて互いの刃をぶつけ合う。鍔迫り合いとなったが、豪腕の持ち主であるアイクが押してくる。リンクの顔面にマスターソードが押し戻されていく。
「くっ」
 このままではまずいと踏んだか、リンクは瞬時に力を抜き、後ろに飛び退った。相手を押そうと力を入れていたアイクはラグネルに宙を切らせる羽目になった。
 疲れてはいたものの、リンクはアイクの見せたこの僅かな隙を見逃さなかった。だが、爆弾を投げつける事はなかった。分かってきたのだ、アイクがこの戦いで何を望んでいるのか。飛び道具を使おうとするたびに邪魔をするアイクの行動から。
「えやあああーっ!」
 威勢のよい掛け声と共に、リンクは片足を軸にコマのように体を勢い良く回す。振り回されて運動エネルギーの加わったマスターソードが、よろけたアイクの胴を勢い良くなぎ払った。アイクは吹っ飛ぶが、何とか受身を取った。
 リンクの十八番の必殺技・回転斬りだ。
 観客席から驚愕の声が上がる。リンクへの声援が強く、大きくなる。回転斬りで飛ばされたアイクは素早く起き上がり、体勢を立て直そうとする。隙のある今ならいける、リンクは次の一撃で試合を終わらせるべく、アイクめがけて駆け出す。
 その刹那、一筋の光が、リンクの目に飛び込む。

 ラグネルが宙を舞った。

 リンクの体がラグネルに突き上げられ、続いてアイクがそのラグネルを追って跳ぶ。
「天――」
 宙で両手剣を引っつかみ、
「空!」
 アイクが勢い良く、宙へふっとんだリンクの体を、地面に向かって叩きつけた。アイクの体重と両手剣の威力が加わり、疲れもあってか、リンクの体は着地と同時にフィールドの端まで簡単に吹っ飛ばされてしまった。受身も取れず、彼は無様に地面に叩きつけられた。
 アイクの十八番の必殺技・天空だ。
 ゲームセットの合図が聞こえた。勝負はついた。観客席からは、嬉しさと残念さの声が聞こえてくる。
 立てないほどのダメージを受け、フィギュアに戻ってしまったリンクのそばにアイクが歩み、フィギュアに触れる。起動され、起きたリンクに、彼は声をかけた。
「……さっきの技、効いたぞ」
 技とは、回転斬りの事を言っているのだろう。それだけしか言わなかったが、アイクの言わんとした事を、リンクはちゃんと読み取っていた。
「ありがとう。あんたも強いな」
 アイクは何も言わずにリンクに背を向けたが、リンクは、彼がほんの少しだけ微笑んだのを見た。