第2章 part2



 眩しいオレンジの太陽が、西の地平線から地上を照らしている。
「やっと、着いた……」
 アユミは、チョコボの背中でゆられながらも、喜びの声をあげた。しかしその喜びの声もくたびれており、疲労の中からやっとそれをしぼり出したと言う感じ。
「一週間も、かかっちゃった」
 アイセン平原を南下、火山の近いネーズロー地下道を通って機械の町ゴーグへ向かう旅。アユミはフロージスの町でそのルートを知っているチョコボをレンタルし、その背中に揺られて、自分ではろくに歩かなかった。それでも、旅慣れないアユミは疲れ果てていた。
「覚悟はしていたつもりだったけど、甘かったわね……」
 はしゃいだのは最初の日だけ。夜が来ると、火を焚いていても、魔獣や盗賊が襲ってくるのではないかと不安になり、地面が固い事もあって、寝袋に包まってもろくに眠れなかった。その寝不足の状態で旅は続いた。運よく魔獣や盗賊には一度も襲われなかったが、ネーズロー地下道を通過する頃には、彼女は独りごとを呟く程度の気力と体力しか残っていなかった。たった一週間の旅路も、旅慣れぬ彼女にとっては、長い長い道のりだった。
 さて、ゴーグに到着したアユミは、チョコボレンタル屋にてチョコボの背から降りて手綱を見せの主に渡すが早いか、旅の疲れもすっかり吹き飛んだようすで、町中へと飛び込んだ。
「宿屋、旅籠、旅館、どれでもいい、泊まれる所……!」
 安宿に到着したのは夕方だった。アユミは部屋を取り、宿のおかみに着物の洗濯を頼んだ後、部屋に飛び込み、夕食もとらずにベッドに倒れ込んで眠ってしまった。固い地面とチョコボの羽毛だけの野宿から、柔らかな布団にもぐりこんでの睡眠。彼女が今一番求めていたものだった。
 よほど疲れがたまっていたのか次に目覚めたのは翌朝であったが、彼女は充分に疲れの取れていないままだった。一週間ぶりに風呂に入りたいので、宿の女将に頼んで湯を持ってきてもらった。風呂がわりの大きなたらいで体を洗い、替えの着物を身に付けた。朝の風呂を済ませた後、アユミは女将から洗濯ものを受け取った。
 それから昼まで寝ると、多少は疲れが取れてきた。ある程度回復したアユミは町へと出かける。機械の町ゴーグは、手先の器用なモーグリたちが主な住人であり、機械工学を発達させたのも彼らだ。大勢のモーグリが行きかう中で、アユミは、町のあちこちにちらばるからくりに目を奪われた。地面から突き出しているが錆だらけで、用途の全く分からないからくり。町の中にところどころ立っている金属の風車。彼女はこれほどたくさんからくりに囲まれた町など見たことがなかった。
「すごいわねー。このユトランドでは、からくりの技術が一番発達しているって観光案内に書いてあったけれど、その通りね。地面にもからくりが刺さってるなんてすごいわ!」
 地面から突き出ているからくりを、これは一体何のためにつくられたのだろうと、アユミがしげしげと眺めていると、
「あーっ、とっとっとクポ!」
 がしゃがしゃとやかましい音が背後から聞こえた。彼女が振り返るより早く、
「クポポーッ」
 甲高いモーグリの声と同時に、何か長いものがたくさん詰まった細長い革袋が、彼女めがけて倒れた。革袋に入っていたのは金属の棒であった。がしゃがしゃとやかましい音を立てながら、金属の棒は、振り返ったアユミの肩に向かって倒れてくる。驚いた彼女は悲鳴を上げる間もなくバランスを崩して、錆だらけのからくりに背中をぶつけてしまった。
「クポポ!」
 地面に倒れた声の主は、慌てて起き上がった。その拍子に、腰に下げている箱のフタが開いて、中味が地面にこぼれる。歯車、ねじまわしといった、からくりの部品や修理用の工具ばかりだ。
「ああっ、ごめんなさいクポ! 大丈夫クポ?!」
 濃い青色のつなぎを着たモーグリは、大あわてで起き上がり、アユミに駆けよる。が、革袋から飛び出して地面に散らばった金属の棒につまずいて、モーグリはアユミの足に激突した。
「きゃっ」
 地面に両足をしっかりと立てたはずのアユミは、その激突でまたバランスを崩し、再び背中を背後のからくりにぶつけてしまったが、今度は頭も派手にぶつけた。モーグリは起き上がるや否や、「あわわわ大丈夫クポ、ごめんなさいクポ!」と、大あわてで、アユミと自分の荷物袋を交互に見る。
「ええと傷薬何かあるクポ……」
「だ、だ、大丈夫ですからっ……」
「そういうわけにもいかないクポ! あ、傷薬よりまずは病院へ――」
「だ、だから大丈夫!」
「そんなわけにはいかないクポ!」
 ふたりのやりとりの間、野次馬が少しずつ増えてくる。その野次馬の群れをかき分けるようにして、
「アラン、何してるクポ!」
 ややよれた赤のつなぎを着たモーグリが登場した。
 慌てん坊モーグリは、新たな登場人物を振り返る。
「あっ」
「材料を持ってきてくれと言ったのに、何してるクポ!」
」 「何って、うっかり材料ばらまいて――あっ」
 青のつなぎのモーグリは、改めてアユミに向き直る。そのころには、アユミがぶつけた頭の痛みも退いていた。
「こ、この人にうっかりぶつかっちゃったのクポ! 早く病院に行くクポ!」
「いえその、私、ほんとに大丈夫ですからっ」
「ああ、でもでも――」
「やめるクポ!」
 赤いつなぎのモーグリが怒鳴った。野次馬含め、モーグリとアユミは喋るのを止める。赤いつなぎのモーグリは言った。
「モグがこの人を病院へ連れて行くクポ。だからアランはその材料を工場に持っていくクポ」

「申し訳なかったクポ。アランはかなりの慌て者で――」
 病院で診察してもらった後、アユミは、赤いつなぎのモーグリから謝罪を受けた。頭のタンコブに傷薬を塗ってもらったアユミは、故郷(くに)のやり方で、深くお辞儀する。
「いえいえ、こちらこそ気づかなくて申し訳ございません」
 ふたりが病院を出ると、青いつなぎのモーグリが、袋から歯車をぼろぼろ落としながら(しかもそれに気付いていないようだ)、駆けてくる。
「だ、大丈夫だったクポ? わあああっ」
 足元の小石につまずいて、モーグリは転んだ。
「アランこそ大丈夫クポ? いつものことだけど、慌てすぎクポ」
 赤いつなぎのモーグリは、青いつなぎのモーグリを助け起こす。青いつなぎのモーグリは、つなぎのよごれをはたき落としながら礼を言った。
「あ、ありがとうクポ、親分」
「それより、落としてきた部品、集めるクポ」
 青いつなぎのモーグリ・アランは、指示されるままに、落としてきた部品を大あわてで集めた。しかし、詰め込んでいく袋に穴が開いており、ぽろぽろと歯車がその穴から落ちていく……。
「あ、あの、袋に穴あいてますけど……」
 アユミは、自分の足元へ転がってきた部品を拾いながら、袋の穴について指摘する。アランは袋を見て仰天、赤いつなぎのモーグリも同じく。
「クポーッ! これじゃいくら部品を入れても駄目クポ!」
「よ、良かったら、私の風呂敷をお貸ししますけど……」
「あ、ありがとうクポ、いいひとクポ!」
 アユミの協力で、アランの落とした部品は全て回収出来た。
 赤いつなぎのモーグリは、アランと一緒に彼女に礼を言った。
「本当にありがとうクポ、東の国のお嬢さん」
「いえいえ、そんな大したことしてません」
 赤いつなぎのモーグリは、アユミのカラクサ模様の風呂敷をもう一度見る。
「この布、ちょっと油のシミがついてるクポ。申し訳ないクポ。これ、やっぱり東の国特有の綺麗な模様クポ。リーダーが持っていたのとは違うけど――」
「リーダー……ああ、頭領のことですね」
「東の言葉だとそうらしいクポ」
 赤いつなぎのモーグリは、アランに向き直る。
「さ、アラン。早く戻るクポ。明日から機械の部品調達のために出かけてもらうから、その準備クポ。モグは後でクエストを出しておくから、アランはまっすぐ工場へ行くクポ、いいクポ?」
「わ、わかりましたクポ!」
 アランは大あわてで、時々小石や地面につまずきながらも、人混みの奥へと消えた。
 赤いつなぎのモーグリは、アユミに向き直る。
「ずっと引き留めて申し訳なかったクポ」
「いえ、いいんです。私、観光のためにこの町へ来たから急ぎの用事もないし……」
「そうクポ?」
 モーグリは、頭上のボンボンを揺らしながら首をかしげた。かわいらしい動作にアユミの頬が緩むが、「親分」と呼ばれていたのだからこのモーグリはそれなりに歳を取っているのだろう……。
 アユミはつなぎのモーグリに別れを告げ、町の観光を再開した。町のあちこちにあるからくりを存分に眺めて楽しんだ後、パブで異国の料理に舌鼓を打って空腹を癒した。
「ずいぶん買ってしまったわ」
 膨れた腹の横に置かれたものを見て、アユミはつぶやく。置かれているのは、土産物。砂の詰まった小瓶や、歯車を組み合わせて作った箱など、掌におさまるサイズの小物ばかりだ。だがそれもたくさん買えば片手ではおさまりきらず、両手に盛れる量となる。
「大事な旅の資金だってわかってるけど……」
 貯めてきた小遣いを無駄に使ってしまった。本来ならば、それは傷薬や食料を買うために使うべきなのに。
「お店に並んでるものがかわいらしいし珍しいから、つい買いたくなるのよねえ」
 会計を済ませてから、彼女は小遣いを数える。財布の中で紙幣や硬貨が踊っている。旅に必要な食料その他を買いこんだら、後は屋台で何か買うだけですっからかんになるだろう。
「ちょっと稼がないと駄目ね……。しばらくここに留まってお金を稼ぎましょう」
 彼女は、故郷では旅人がどのように資金稼ぎをしていたかを思い出す。酒場や旅籠といったひとの大勢集まる場所で、彼らは何をしていたか。大きな掲示板に貼られたいくつもの紙を見ては、好きなものを取り、店の主にそれを見せていた。
「そういえばずいぶん昔は私の故郷(くに)からユトランドへ行ったイーストランドという集まりがあったって父上が言っていたっけ。確かクランっていう、腕ききたちの集まり」
 冒険者の集まり・クラン。彼らは資金稼ぎのために、町や村の住人から出される依頼(クエスト)をこなして報酬をもらっている。もちろんクエストを受けること自体は、クランに所属していなくても出来る。
「……旅をする以上資金は必要ね。私も、稼がないと! 魔獣討伐でも何でもやるわ」
 決めた決意が揺らがないうちにと、アユミは、パブのマスターに勘定を払い、冒険者の集まる掲示板に歩み寄った。
 掲示板には様々な紙が張り出されていた。書かれている内容は様々。「どこそこの店で買ってきて!」といったお使い程度のものから、「モブ討伐お願いします!」といった危険なものまで。
 アユミは掲示板の紙を出来る限りじっくり眺めた。そうしている間にも、彼女の前を陣取ってクエスト探しをしていた冒険者たちは、紙をはがしてはパブのマスターの元へ持っていく。
「これにしようかな。草むしりって簡単すぎるし報酬も安いけど、別に危険な仕事じゃないし」
 とりあえず、アユミはその「草むしりお願いします」と書かれた紙をはがし、マスターの元へ持っていった。
 数時間も経たないうちに、クエストを済ませて、土埃でよごれた彼女は上機嫌でパブへ戻った。
「報酬は安かったけど、楽なクエストだったわね」
 腰を痛めた老婦人の小さな庭の草むしり。庭が小さいので、それほど時間がかからないうちに草むしりは終わってしまう。報酬は70ギルという安さだが、危険のない、安全で簡単なクエストなのだから仕方ないとアユミは片付けた。
 簡単なクエストがもっと無いかと、アユミは掲示板を見る。昼食の時間を過ぎてひとの少なくなってきたパブに、赤いつなぎを着たモーグリが入ってきて、
「マスター、クエストを出したいクポ」
 マスターから用紙を受け取り、記入して、返す。マスターはそれを給仕にわたし、給仕はそれを掲示板に貼りつけた。
「ちょっと休憩したいクポ。マスター、ヌワ茶をお願いするクポ」
 赤いつなぎのモーグリは、店内のアユミに気づいていないまま、飲み物を注文した。
 アユミは、先ほど掲示板に貼られたばかりの、そのクエスト用紙を見る。

『求む! 旅の同行者(一人以上)』
『モグの工場の工員が、モーラベルラの町に部品調達へ行くので、その同行者を募集するクポ。工員は旅慣れているので自分の身を守るくらいの実力はあるから、警護の点は心配無用クポ。ちゃんと材料を指定の数だけ受け取って、部品を無くしたり傷つけたりしないよう気をつけて、ゴーグまで戻ってきてほしいクポ。なお、モグの工場の事情により、飛空艇のキップ代以外の旅費は受注者もちでお願いしたいクポ』
『依頼主:チャド』

 報酬は千ギルとなかなかのもの。
(モーラベルラか)
 アユミは荷物からユトランドの観光案内書を取り出し、モーラベルラという地名を探す。このユトランド地方は、オーダリア大陸とロアル大陸をまたいでおり、モーラベルラという町は、ロアル大陸の最西端にある。
 このオーダリア大陸には、ほかに町は無い。もっと広々としたロアル大陸側には町村がいくつもある。
(観光するっきゃないでしょ!)
 アユミは、そのクエスト用紙を外して、マスターに渡しに行った。
「これお願いします」
「おお、次のクエストかい。やる気があるね、東の国のお嬢さん」
「あらやだ」
 二十歳のアユミは頬を赤く染めた。社交辞令と分かっていても。
 マスターはクエスト用紙を受け取ると、ヌワ茶を飲んでいた赤いつなぎのモーグリすなわち依頼主を呼ぶ。
「おーい、さっそくクエスト受注者が出たぜ」
「本当クポ?」
 モーグリは、ヌワ茶を一息に飲み干すと、マスターの元へ駆ける。そして、クエスト受注者を見る。
「あ、先ほどのひとクポ。お世話になったクポ」
「あ、こちらこそ」
 アユミと依頼者のやり取りを見て、マスターは眉を少し動かすが、話を続ける。
「で、お嬢さん。あんたはこのクエストを受けるんだな?」
「はい」
「でも、それなりにきつい旅クポ。大丈夫なのクポ?」
 次に口を開いたモーグリはボンボンを動かした。
「うちの工員は自分で身を守る術は持ってるけど、お嬢さんはどうなのクポ? 失礼だけど、旅には不慣れのようクポ。……この大陸の、最寄りのエアポートはフロージスしかないけど、単身でここまで来たのクポ?」
「そうです。お店のおかみさんの助言で、ルートを知ってるチョコボを借りて、ここまで来たんです」
「このユトランドへ来たのはいつクポ?」
「ええと、十日くらい前です」
「ふむ。やはり旅慣れてはいないクポ。盗賊やモンスターには会ったクポ?」
「いえ、一度も。運が良かったんです」
 アユミの言葉に、モーグリは自分のひげをなでながら、考え込む。
「で、お嬢さんは戦えるのクポ?」
「はい! 故郷で厳しく仕込まれました。私の故郷は多くの武人を輩出している地域なので、武芸の習得は当たり前なんです」
 これは本当のことだ。
「フロージスの北に在るカノル砦というところで、三体の亀の魔獣に囲まれましたが、単身撃破しましたもの」
「そうクポ? じゃあ、お嬢さんの護身の腕前は充分にあるとみてイイクポ」
 依頼主は言った。
「このクエストの受注、ありがとうクポ。うちのアランと一緒に、モーラベルラの町に行ってほしいクポ」
「はい!」
 こうして、アユミはクエストを無事受注した。
 アランとは再びパブの外で会った。相変わらず、何かを落としながら駆けてくるアランは、それに途中で気がついて、慌てて拾い集めた。
「申し訳ないクポ。で、親方。クエストの方はどうしたクポ?」
「もちろん出したクポ」
 赤いつなぎのモーグリは言った。
「で、こちらのお嬢さんが受注してくださったクポ」
「クポポ」
 アランはアユミに向き直る。
「そうなのクポ。よろしくお願いしますクポ」
「紹介が遅れました、私アユミと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「あ、モグはアランというクポ」
 互いの自己紹介が終わったところで、親方が話に入る。
「それじゃ、明日の旅の準備をしてほしいクポ。アランの方は終わってるクポ?」
「モチロンクポ!」
「……毎度のことだけど、後でちゃんとチェックするクポ。お嬢さん、いやアユミさんも旅の支度するクポ。申し訳ないけど、モグの工場の事情により、クエストの報酬以上のお金を使う事が難しいのクポ」
「いえ、構いません。でも、何が必要か教えていただけると本当に助かります。旅に出る時に持ってきた食糧、食べつくしてしまったので……」
 アランと依頼主に教えてもらいながら、アユミは手持ちの金で旅の仕度を整えた。
 そして翌朝、アユミは朝食を取ってから宿の女将に部屋代を払い、荷物を持って宿を飛び出した。
「待ってたクポー」
 町の入り口で、アランが、レンタルしたチョコボの鞍に乗っていた。その腰に下げたカバンから、チョコボが体を動かすたびに、歯車がポロポロと落ちていく。
「遅くなってごめんなさい!」
 アユミは、地面に落ちた歯車をひとつ残らず集めてから、アランに渡す。アランは、また荷物を落としてしまったことに今気がつき、赤面、礼を言って歯車を受け取り、荷物袋にしっかりと詰める。
「じゃあ行くクポ」
「ハイ」
 もう一羽のチョコボに、アユミは乗った。
「クエーッ」
 二羽のチョコボは、甲高い声をあげ、勢いよく地を蹴って町を飛び出した。


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