アマニエル
聞けば、思わずうっとりとして虜になるという、花の歌。地球外第九銀河第二惑星エニーロに、最も有名な花がある。
この開花の時期、特に危険視されるという花・アマニエル。歌で生き物を誘い、ツルを使ってからめとり、ムシャムシャと牙だらけの口で食べてしまうという、極めて恐ろしい人食い花であった。
「花退治? 変な依頼もあったものねえ。でもいいにおい」
ヨランダは、エニーロの花畑を見ながら、その香りを楽しむ。エニーロは、現在地球と交流のある銀河の中でも、最も美しい花畑を持つことで有名だ。甘い香りの花たちは、道行く人々の足を止めさせ、虫たちにたっぷり蜜を提供する。
「俺は、このニオイ嫌いだな、甘ったるい。胸がむかついてきた」
アーネストは気分悪そうに、顔の前で手をうちわのように振った。
「仕方あるまい。環境は地球とほぼ同じだが、この自然の生態系は大幅に違う。花が弱肉強食ピラミッドの頂点に立つくらいだから。これだけ甘い香りを放たないと、虫が警戒して寄ってこないんだろう」
花畑に興味などなさそうなスペーサーは涼しい顔。
「さて、問題の花だが――」
手にしているミニコンピューターで、花のデータを検索中。花粉のデータを用いてこの近辺を探しているのだ。開花の時期を迎えているので、被害が出ないうちになるべく刈り取ってほしいという。小さいものは一メートル、大きいものでは三メートルにも成長する。個体数は少ないが、栄養源さえあればどこにでも咲くこの花。毎年住人や動物がアマニエルに食われているため、アマニエルの勢力は風に乗って徐々に広がりつつある。
この開花の時期に他の惑星から観光客を呼び込むため、観光客が食われるような事件を起こしたくないのである。
「あそこにあるみたいだな」
彼が指差したのは、花畑のはるか向こう側。森の近くだった。
「花が歌うといわれても、どんなふうに歌うんだ?」
アーネストは、目の前に生えているアマニエルを見つめた。握りこぶし大のつぼみから花が開きかけている。つぼみは小さいが、いざ開花すると巨大な花びらを広げるのだ。このアマニエルは森の側に生えていて、木々に遮られてあまり光が届かないためか、他のアマニエルに比べて、花の開きが遅い。既に開花したものは、近隣の観光協会が狩ったのだろう。ツアーの準備に追われ、《危険始末人》が狩るのはまだつぼみのものだけ。
「人の歌う歌とは少し違うな。あえていえば、音楽のようなものだ」
スペーサーは目の前のアマニエルの茶色のつぼみを、根元からレーザーナイフでばっさりと切る。アマニエルのつぼみは、うらめしそうにプルプル震えた後、地面に転がった。
「音楽?」
ヨランダは、今にも花開こうとするつぼみを見つめる。つぼみは赤黒いグロテスクな色であったが、耳を近づけてみると、風に乗って、かすかに音らしいものが聞こえる。
「風を利用して、雄しべと雌しべを振動させ、ハープのような音を作る。これが歌の正体だ。花が完全に開くと、もっと大きな音が出るぞ。台風が来ると、とんでもなく遠くまで音が伝わるくらいだ」
スペーサーとヨランダが地道につぼみを切っている後ろで、アーネストは、咲きかかっている、人の頭ほどもある大きな黒いつぼみを無理やりこじ開けてみた。
同時に、少し強い風が吹く。雄しべと雌しべが風に揺られ、音を奏でる。しかしそれは、ハープの音と言うよりも、ガラスをひっかいたような音だった!
耳をふさぐ暇もなく、細いツルが伸びてきて、アーネストの体に絡みつく。雄しべと雌しべの間から、大きな口がぐわっと開いた。牙だらけの、直径五十センチはありそうな口だ!
「危ない!」
アーネストが花の口の中へ引っ張られる直前、振り向いたスペーサーは、ホルスターにさげている熱線銃を抜き出し、花を撃った。ツルがちぎれ、花は熱によって穴があけられた。それ以上燃えず、花はしおれた。
「何? つぼみを無理にこじ開けたって?! そんな事をすれば花が警戒して攻撃してくるのは当たり前じゃないか!」
スペーサーに怒鳴られるも、アーネストはしれっとしている。
「だって、何か聞こえるかと思ったから」
「確かに聞こえたわね、ガラスのいや〜な音が」
スペーサーが小さくエニーロの言葉で悪態をついた後ろで、ヨランダの表情は嫌悪感に満ちていた。
そのままつぼみを切り続けて、三十分ほど経過する。
「あらかた切り終わったわね」
ヨランダは、切ったばかりの、赤子の握りこぶしくらいの大きさの緑色のつぼみをポイと放った。
「これなら大丈夫だな。よほど道から離れなければ、まず喰われまい。さ、戻るぞ」
まだ芽だけが出ているアマニエルは、他の植物と同じく、水と光だけで育つため、つぼみがつくまでは放っておいても平気だ。
戻る前に、アーネストは、目の前にある、小さな苗のアマニエルを、根っこから引き抜いてみる。
「変な根っこだな」
人の手を思わせる奇妙な形の根。腐っているようにも見える。この土壌は水分がそれなりに豊かだが、植物の根を腐らせるほどではないはずだ。
その根からかすかに漂う腐敗臭。
「アマニエルって、こんな根っこなの?」
ヨランダはしげしげと眺める。
「アマニエルの根は、キリのように尖ってるんだ。喰った死体の肉体の一部に穴を開け、そこに種を植え付けることで、死体から栄養を摂取して発芽するわけなんだが――」
スペーサーは、話しながら振り向いた。アーネストの持っている、アマニエルが目に入る。目が、つぼみから、茎、そして根に移る。
暫時の沈黙。
青ざめたスペーサーの言葉に、同じく青くなったアーネストは、素直に従った。
「そいつをさっさと森へ捨てて来い」