アリ退治



「ああー、暑いぜえ」
「だから水筒山ほど持っていけって言ったろ!」
「荷物が多いのはヤなんだよお」
 熱帯惑星・アナンザナ。地球で言うところの熱帯気候しか存在しない、ジャングルだらけの星だ。
「お前サボテンなんだからよ、体に水をたくわえるって事できねーのかよ!」
「そう言うなやあ」
 アーネストに怒鳴られ、植物惑星・ショングジ出身のザンザは額の水をハンカチで拭きながら、つらそうに返答した。ショングジに存在する住人はサボテンのような容姿をしている。とはいえ、水を長期間たくわえる力はない。
「サボテンみたいなカッコだけど、お前並みに水は飲むんだぜえ。あと、極度の暑がり」
「もうどうでもいい、さっさと行くぞ! あの虫に対抗できるのはお前くらいしかいねえんだからよ」

 アナンザナの観光地として有名な、天然の迷路。住人達は、この天然の迷路の道順を全て知り尽くしているが、観光客は全く道順を知らないので、よく迷子になってしまう。そんなとき、案内人たちは迷路の中へと探しに出かける。今回の依頼は、そのジャングルに巣を作った外来種のシロアリを駆除する手伝いをすることだった。専門の業者は既に他の星から呼ばれているが、シロアリの作った巣の規模が大きすぎるために手が回り切らず、《危険始末人》にも依頼を出したのだった。
「このジャングルにいるシロアリ、お前の星から持ち込まれたらしいぜ」
 シロアリの巣へ向かいながら、アーネストは言った。本当は、依頼を受けたのは彼ではなくザンザなのだが、人手が要りそうだと思ったザンザは、ちょうど暇だったアーネストを引っ張ってきたのだった。
「しっかし、シロアリって言うてもよ」
 ザンザはぐいぐいと水筒から水を飲み、言った。
「うちの星のシロアリ、繁殖力もスゲエし、ほかの種族を駆逐するかわりに交配して新しい種をつくっちまうタイプなんだよなあ。もうタマゴ作ってるようなら、おいら一本じゃあ手におえねえって」
「だから俺を引っ張ってきたんだろ」
 アーネストは、顔にかぶさってきた大きな葉を手でどけた。
「どーせ、相手はアリなんだ、駆除剤まけば一発だろ。いざとなったら火炎放射機で全部焼いてしまえばいいだろ」
「……そう上手くいくとはかぎらんよ、アーネスト」
 五分後。
「……」
 目の前にそびえたつそれを見て、アーネストは言葉を失った。
 青々とした葉っぱを茂らせる木々の中、家のような大きさでそびえたつ巨大なアリの巣。木々を喰い削って造られた無数のおがくずがアリの唾液で積み上げられ、固められている。
「そ、想像してたのと、違う……」
 地面のアリ塚程度の大きさだろうと思っていた。だがこの巣、家くらいの高さがある。その巣からとても小さなシロアリが出たり入ったりを繰り返し、忙しく仕事をしている。
「あーあ、巣つくっちまったかあ。こりゃてこずるぞお」
 ザンザは、葉っぱのようなボサボサ頭をかいた。
「シロアリ駆除にはいくつかの方法があるんだけどなあ」
 ザンザは相変わらず、間延びした声で説明をする。
「巣を作ってなければそこらの殺虫スプレー、つくりかけなら駆除剤、作っちまったら、毒ガス」
「ちょっと待て、だんだん物騒になってきてねえか?!」
「あたりまえだろお。このシロアリの繁殖力をナメんなよお。倒すなら一気にやらないと、困るのはこっちだぞお!」
 その通り。巣穴から姿を現すシロアリの数がどんどん増えている。このシロアリ、とんでもない速度で繁殖するのだから。
 とにかく、二人は駆除を始めることにした。あらかじめ手渡されている駆除剤だが、これは毒性が弱く、家なみの巣を作り上げてしまったシロアリすべてを駆除するには威力が足りない。ただ、シロアリ対策に使われる毒は、一酸化炭素のガスが必要。
「原料なら、用意できないこともないと思うんだがなあ、ガスマスクがないとこっちも危ないけどよ」
 アーネストは周りを見回した。一酸化炭素の原料になるものは山ほどある。だが、ガスマスクをつけていないと、自分たちも一酸化炭素にやられてしまいかねない。あいにく持ってきていない。
「他の方法、あるにはあるんだけど……下手するとシロアリどもが襲いかかってくるかもしれん。シロアリども、一度怒ると全部のアリが怒るんだよなあ」
 ザンザは、トゲを頭から飛ばしながら言った。アーネストは目を丸くして、
「へえ、どんな方法だよ。なんでもいい、アリを全滅させられればいいんだろ?」

 十分後、巨大な巣穴から無数のシロアリたちが怒り狂って襲いかかってきた。さすがのアーネストもザンザも仰天し、いちもくさんに逃げ出した。シロアリはやかましい羽音を立て、老いも若きも一斉に巣穴を離れて二人を追いかけた。二人はわき目も振らずに逃げ、やがて、ジャングルの迷路のはずれポイント、綺麗な池にたどりつく。二人は、池に飛び込んだ。深い池の中に、シロアリたちも勢いよく飛び込んで行った。水面はあっというまに白くそまり、それらはすべてシロアリの死体だった。やがてアーネストとザンザは池の底から顔を出した。
「ぷはっ」
 泳ぎの苦手なアーネストは、しばらく呼吸に忙しかった。呼吸が落ち着いてから改めて周りを見る。彼らを追ってきたシロアリたちは、皆水死してしまい、水面にぷかぷか浮かんでいた。
「上手くいったー!」
 ザンザは嬉しそうだが、アーネストはそうでもなかったようだ。
「気色わりー」

 ザンザは、シロアリたちが極端に水に弱いことを知っていた。彼の故郷でも、発生しすぎたシロアリを退治するのに大量の水が使われている。ザンザの採った方法は、煙で巣穴をいぶした後、追いかけてくるシロアリを池の中に誘い込むという極めてシンプルなやり方。
 だがその効き目は抜群だった。
「確かに効き目は抜群だよな……。でも俺らの走る速さが遅かったら、どうなってた?」
 シロアリを大きなアミですくいながらのアーネストの問いに、ザンザは答えた。
「骨も残さず食われてたよお、あいつら肉食だから」
 シロアリの巨大な巣を焼き払い、ついでに、溺死したシロアリたちも燃やしてしまうと、辺りには嫌なにおいが漂った。
「あー、とにかく、これでアリ退治から解放されるぜ」
 びしょぬれの服を脱ぐのも忘れたまま、アーネストはホッと一息ついた。ザンザは、シロアリの焼けるにおいに顔をしかめた後、周りを見回す。
「……おい、そういうわけにはいかんようだぞお」
 アーネストは、言われて周りに目をやり、耳を澄ましてみた。
 ブウウウンという無数の羽音。
 繁殖しすぎたシロアリの新しい群れが、風に乗って流れてくる煙に怒り狂って近づきつつあることに気づくまで、時間はかからなかったのだった。

 報酬を受け取ったアーネストとザンザが基地へ戻ってきた時、《危険始末人》たちはその格好に仰天した。全身はずぶぬれ、ところどころに虫の死体をくっつけ、さらに異臭も漂わせていたから。なお悪いことに、シロアリ独特のにおいは、一週間以上もとれずじまいだった。基地内部で、ほかの《危険始末人》たちから避けられるだけでなく、彼らへの依頼も、なぜかしばらく来なかった……。