ギルドで収集
「今回は、もっとふかぁい事を探っていきましょ」
片手に果物ジュースのコップを持ったまま、ヨランダは言った。もう片方の手には、小さな羊皮紙が握られている。向かいに座っているセラは、目の前にあるジュースのコップよりも、ヨランダの持っている羊皮紙に目を吸い寄せられている。
「その羊皮紙は?」
「よくぞ聞いてくれました! これはねー」
ヨランダはいったん言葉を切り、声を潜めた。周りのにぎやかな人々の往来や雑談にかき消されそうなほどの声であり、セラは思わず聞き漏らすまいとテーブルに身を乗り出す。
「ただのメモ用紙」
辺りをざわめきが支配した。
「な、なんでメモ用紙なんかいるの?」
「いるに決まってるでしょ! 得た情報を忘れないように、しかも外部に漏れてもすぐにはわからないように、暗号化しておくものよ」
暗号といわれても……。セラにはぴんとこない。
「情報ってのは、とっても大事なの。場合によっては、それがほんの数行足らずの短いものであってもね、国ひとつを壊滅する大きな攻撃力を秘めているものよ。そんなわけで、相手が隠したい情報ほど高値がつけられて売買されてるの。もちろんそれが真実か偽物かを見破るのも大事よ」
「へー」
「だから、情報を集める事はとても大事なこと。忘れないようにメモをとるのも大事なこと。そしてその内容が何であるかを商売敵に知られないように暗号化するのも大事なこと。わかった?」
セラは、こっくりうなずいた。といっても、完全に理解できたわけではない。
「というわけで」
ヨランダは羊皮紙を渡す。
「今回の収集はズバリ、相手の好み!」
「このみ?」
「好きな動物とか食べ物とか、ほかには趣味とか、そういうものを調べてくるの。共通する話題がなければ会話もできないでしょ?」
この日、アーネストは別の町へ商人たちの護衛をするために、同ギルドの戦士たち十名と共に出かけていた。
セラは戦士ギルドのドアを開けたものの、肝心の当人が留守なのを残念に思った。しかし直接インタビューするのも気が引ける。なぜそんなに細かいことを知りたがるのかと、逆に不審に思われるだろうから。
ギルドには初老の受付のほか、依頼の無い戦士たちが何人か残っている。一般人はギルドの奥へ入ることを禁じられているので、セラは受付わきの椅子に腰掛けて、話を聞くことにした。暇をもてあました戦士たちが奥から姿を現して、ちょうどよい暇つぶしとばかりに話に加わった。皆、紹介もされていないはずなのにセラの事を知っており、彼女がアーネストに片思い中であることも知っている。知らないのは当人ばかり。セラがアーネストの個人的嗜好について知りたがっていると知ると、皆しめしあわせたようにニヤニヤして、色々話をした。
「あいつの好きな食い物? あー、甘いもの以外には別に好き嫌いはしてねえよなあ。いろんなもんを三人前くらいはペロリと食っちまうつーか、胃袋の機嫌がいいときには五人前くらいはたいらげるよなあ」
「そうそう。甘いもんは口に残るから苦手なんだってよ。甘くなければ、何でもいいらしいぜ。量があると尚更いいだろーな」
「趣味って言えるもんあったか、あいつに?」
「剣を振り回すくらいだろ? ギルドに休みなんかねえからなあ、四六時中剣を振るいっぱなしだし。あ、剣を振り回すのがおれらの仕事だったな。こいつは趣味じゃねえや」
「好きな動物ねえ。あいつが動物を可愛がるとこなんて見たことないぜ。まあ、動物に出会うっつうか、動物の牙から人を守らなくちゃならんから、嫌でも相手を傷つけざるをえないんだけど」
戦士たちの間でああでもないこうでもないという議論になりかけてくる。一時間以上の騒ぎあいの結果、セラが得られた情報はほんの少し。日夜依頼で出かけたり戦いに身をおく以外は、寝るか食べるかしているようであった。賭博場の護衛をしているためか賭博に興味もなく、読書のために図書館に行くこともない。他に気晴らしになる事がないのだろうか。
礼を言ってセラはギルドを出た。戦士たちはこぞって見送り、「がんばれよ〜」と声をかけたのだった。
セラがギルドを出てから一時間ほどで、アーネストが戻ってきた。依頼で彼と共に出かけていた他の戦士は、ギルドにすぐに入らず、酒場へ向かっていった。
「あー、疲れたあ。何か胃袋にいれなくちゃ体もたねえや」
ギルドの奥へ入ってきた彼は、ギルドに残っていたほかの戦士たちや受付が、妙にニヤニヤしているのを、不思議に思った。
「何で笑ってんだよ。気色わりーなあ」
「いーや。何でもないんだって」
皆、声をそろえてそう言った。
アーネストの肩に乗っている少女は、セラがギルドに来ていたことに気がついたらしく、ぷくっと頬を膨らませた。
『あのこ、きらい!』
「うーん。どうしたものかしらねえ」
ヨランダは、セラの集めてきた情報の記されたメモ用紙を読みながら、うなった。メモ用紙に書けた事はほんの少し。
「日夜のストレスを飲食で発散してるんでしょうねえ。よく目に付くのは、食べること。ってことは、料理の特訓しかないかしら」
「ええっ」
セラは飛び上がった。料理……。
「りょ、料理って言われても……」
祖母に手伝ってもらって薬草入りクッキーを焼いたことくらいしかない。いつも調理は祖母がやっており、セラのやっていることはスープ用の干し魚や野菜を町で買ってくることくらい。
「大丈夫よ! 材料を洗って、切って、鍋に入れてグツグツ煮込めば料理が一品できる。そんなものよ」
そんなものなのだろうか。
「というわけで、あいつの味の好みはだいたい分かったことだし!」
ヨランダは椅子から立ち上がる。
「さあ、調理実習よ! アタシも料理は得意じゃないけど、ちょっとくらいならアドバイスできそうだし! 食料調達なら任せといて! アタシが練習するって言えば、シーフギルドの皆は喜んで材料を出してくれるんだから、心配いらないわ。アタシの手料理をそんなに食べたいのかしら」
練習させたいのでは? と思ったセラだが、口には出さなかった。
「じゃ、明日から特訓ね」
アーネストは、その夜、いつも以上にずしりと重い肩に手をやり、幽霊の少女をなだめる。ぷっくりと頬を膨らませていた少女は彼の手を感じ取ると、微笑んだ。鎧を脱いでいるとは言えども不機嫌な少女が乗っている限り重い肩が、辛くない程度に軽くなる。
セラが近くにいるときは必ずといっていいほど肩が重くなる。一体どうしてなのだろう。
「何でそんなに肩を重くするんだよ。あの子がいるときに限って」
誰か周りにいるときにだけ姿を消している少女は、彼の目の前に姿を現した。
『あのこ、きらいなの』
「嫌いって、お前……」
『とりついて、ころしてしまいたいくらい!』
「それは止めろ! 物騒すぎるにも程があるぞ!」
『……』
少女はしょげた。セラを憑き殺したいと言ったのは本気だったのだろうか。仮に冗談で言ったとしても、アーネストはそれを許す気は無い。目の前の少女が生身ならば自分の手で押さえられるが、幽霊という己の手に負えぬ存在なだけに……。
「せめて、いがみ合うのだけは止めろ」
『はい……』
少女は素直に返事をした。一体どうしてこの幽霊の少女がセラを嫌うのか、彼にはわからなかったのだが、とりあえずいがみ合って欲しくはなかった。セラと会うそのたびに肩を重くされるのはたまったものではない……。
綺麗に片付けられた自宅の台所。長いこと使われていてきちんと手入れされた調理用具が並んでいる。近くのかごにはジャガイモなどの長持ちしやすい野菜がたくさん入れられている。
「がんばらなくちゃ!」
セラは、ひとり、ガッツポーズを作った。その頬を、りんごのように赤く染めながら。