決闘騒動
「ああ全く、なぜ私がこんなことにつき合わされなければならないんだ」
「まー、そー言わないでよ……」
「トラブルの張本人が、何を言うか！」
事の起こりは昨夜おそく。町外れにひっそりと建っている小さな研究所に、ヨランダが飛び込んできた。日々の魔道の研究で忙しいスペーサーはファミリア（使い魔）のカラスを通じて応対してやったが、彼女の伝えてきたことはとんでもないことであった。
酒場で誘いをかけてきた魔法使いの男が、自分の魔法の腕をあまりにも自慢していた。ヨランダはその男とつきあって飲む気などさらさらなかった上に自慢話を聞くのがいやになったので、つい「アタシにはね、あんたなんかよりも腕のたつ魔法使いの知り合いがいるのよ！」と言ってしまった。誘いをかけた男は、彼女の言う魔法使いはデマカセだろうと笑ったのだが、飲みに来ていた地元の連中が彼女の言葉を肯定したので、「よしそれならどちらの腕前が上か見せてやろう」と挑戦状を叩きつけた。
それを受け取ったヨランダは「いいわよ。後悔しないでね」と首を縦に振ってしまったのである。
「……で、私がこんなところに呼び出された、と」
町の広場。普段は人の往来が盛んな通行所なのだが、この日は違った。
まるで闘技場。
広場の真ん中だけをあけ、他は群集で埋め尽くされていたのである。町のものは皆、酒場の飲み屋たちから聞いた言葉を真実と受け取って、この広場に来ていた。その言葉の伝達が早いのには、ヨランダの属しているシーフギルドのシーフたちが一役買っている。スペーサーがかなりの実力を持つ術士であることは誰もが知っていたし、その対戦相手の実力がいかほどのものか知りたかった。だから皆、集まったのである。
対戦相手を、スペーサーは観察する。やけに大柄な上にごつい中年男で、地味な黒の服と動物の骨で作った肩当てを見る限り、旅をしているらしい。旅にはいろいろ危険が付きまとうため、それなりに実力のある術士であるかと思われた。
が、スペーサーの評価は正反対だった。
（見掛け倒しか）
さて、そんな評価を下されているとも知らぬ相手は、彼を指し、大声で言った。
「お前がこの町いちばんの強さを持つ魔法使いだな」
「……そうだ」
いやいやながらの返答である。さっさと対戦をすませて帰りたかった。本当なら、古代文献の解読に励んでいる頃なのに。
「若造がこのわしに勝てるとでも。こう見えても七つの国にその名をとどろかせる――」
「御託はいらん。とっととはじめろ」
ぶっきらぼうな口調に、相手の魔法使いは、こめかみを引きつらせた。群集は皆、息をのんだ。
「地にひれ伏したいかあーっ！」
咆哮と同時に、魔法使いの体が光る。人間の胴体ほどもある光の帯が、そこから打ち出された。
スペーサーは、無垢なる水晶を抱かせた杖を目の前の地面につきたて、両手をパンと合わせた。
光の帯は、跡形もなく消え去った。群集はざわめき、魔法使いは驚きの表情をあらわにする。
「な、何だ今のは……」
「初歩の結界術だ。術士としては基礎中の基礎。なぜ知らない？」
スペーサーの指摘に、相手はかっとなった。
「知らないだとお！ 若造めが、わしを馬鹿にしおったな！」
怒り狂った相手は様々な術をぶつけ始める。炎、雷、飛礫（つぶて）、氷。だがいずれの術も、スペーサーの張り巡らせる「初歩の結界術」により、ことごとく消されてしまった。群集のほうにも魔法の飛沫が飛んできたが、彼の張る結界により、群衆は守られていた。
「貴様、わしを馬鹿にしておるのか！ なぜ攻撃せんのだ！」
すっかり頭に血が上った魔法使いが怒鳴りつけると、スペーサーは相手に軽蔑の視線を向ける。
「攻撃してほしいか」
「当たり前だ！ 互いに魔法をぶつけてこその戦いだろうが！」
相手の返答に、スペーサーはかすかに笑った。そして杖を手に取り、相手に向ける。
「四つの中から選ばせてやる。火か、氷か、稲妻か、土か」
どうやらぶつける魔法を決めてもらうつもりのようである。魔法使いは頭に血が上ってはいたが、相手が何を聞きたいのかわかったので、全く迷うことなく答えた。
「稲妻だ！」
「わかった」
杖の水晶が黄色く光った途端、スペーサーの手の中に、雷の球体が生まれ出た。
「伏せていろ、感電したくなかったらな」
周囲に言った。群衆は素直にいう事を聞き、地面に伏せて身を低くする。
魔法使いは、スペーサーの術を防御してやるつもりなのか、高等な結界術の印を結ぶ。わざわざ、スペーサーは相手が印を結び終えるまで待っていた。そして結界が完成したと同時に、雷の球体を天へ投げ上げ、パンと手を合わせる。
球体が、無数の稲妻に変化し、上空を駆け巡る。
「行け！」
命令と同時に、無数の稲妻が一つに束ねられ、標的に向かって投槍（ジャベリン）のごとき勢いで飛来する。標的たる魔法使いは、結界を張ったままにやりと笑って――、
「ぎゃあああああ！」
すさまじい悲鳴をあげた。
一つに収束した雷の槍は、いとも簡単に結界を突き破り、標的に当たった。
「魔力のコントロールが下手だな。高等な術なのに、結界の防御壁が薄すぎる」
スペーサーは、地面に倒れた対戦相手に向かって、冷たく言った。
「感電死しない程度に威力を下げてやった。しばらくすれば、起き上がれるだろ」
勝負はついた。
群集は歓声を上げ、割れんばかりの拍手が起こった。
「やったー！」
どこからかヨランダが飛び出してきた。
「すごかったわ、すごかった！ アタシやっぱり、あなたが勝つんじゃないかって思ってたわ〜」
おそらくは個人的な理由で喜ぶヨランダ。対してスペーサーは冷たい目を向ける。
「で、巻き込んじゃったお詫びに、なんかしてあげる」
その申し出に、スペーサーは迷うことなく言った。
「なら、一ヶ月間、研究の手伝いをしてもらおうか」
「ええ、お安い御用よ」
そしてヨランダは後悔した。
ファミリアのカラスに見張られながら、スペーサーに言われるとおりに文献を整理したり、山のような本を探して持っていかなくてはならなかった。座る暇もないほど、忙しかった。
酒場で彼女に誘いをかけてきた魔法使いは、スペーサーとの勝負に敗れてから、姿を消していた。自慢話を話半分で聞いてやりながら酒代をあの男にツケさせればよかったと、今頃になって彼女は思った。
一月経って、彼女はようやくシーフギルドに戻れた。彼女が逃げないように研究所じゅうに結界を張られていたので、ギルドの仲間は彼女と連絡が取れず、心配していた。
「魔法使いの知り合いなんて、一人いればたくさんだわ！」
ギルド仲間に向かって、ヨランダはきっぱりと言い切ったのであった。