墓地の怪



「こんなとこは、本当は来たくないんだよな」
 アーネストはつぶやいた。そして、ぶるっと小さく体を震わせる。
「はん、なら引き返すか?」
 スペーサーはその隣で、馬鹿にしたような声を出す。アーネストは、むっとして言い返す。
「バカ言うな!」
「では、その身震いは何だというんだ?」
「武者震いだっ」

 屋敷の裏手にある墓地。《危険始末人》が受けた依頼は、「墓地に幽霊が出るから見回ってほしい」というものだ。アーネストは乗り気ではなかったが、報酬はとんでもない多額、先の依頼で壊れてしまった自分の宇宙船の修理費ほしさに引き受けたのだった。が、一人で行くのは嫌だったので、ちょうど書類の処理をしていたスペーサーもひっぱってきた。
「戦闘のプロが幽霊なんぞをこわがるとはなあ」
「お前っ!」
 暗い墓地。懐中電灯で近くを照らしながら進む。スペーサーは平然としているが、アーネストはどこか不安そうにしている。
「代々の先祖が眠る墓地なんだから、幽霊がいても何の不思議もなかろうに」
「言うなっ!」
 そんなアーネストの反応を面白がるかのように、スペーサーはからかいの言葉を投げつけていった。空に浮かぶ三日月は少しずつ西へ傾いていく。
「なあ、もう帰ろう」
 その言葉を絞り出したアーネストには元気がなかった。が、スペーサーはゆずらない。
「まだまだ。一周したら帰るぞ。あっちにも出口はあるんだから」
「いつになったら出口につけるんだよ、俺はもう」
「うるさい」
 一にらみされ、アーネストは思わず黙った。なぜかは分からないが、この男に殺意のこもった眼で睨みつけられると、一瞬で体が硬直し冷や汗が出るだけでなく本当に殺されるのではないかと言う錯覚にも陥る。……アーネストは大人しく口を閉じることにした。
 墓場の石づくりの道はまっすぐに伸びており、あと少しで出口のアーチが見えてくる。月が雲の中に隠れ、辺りは懐中電灯以外の光の無い、暗闇にのみ込まれた。
 先を歩いていたスペーサーは、ふと立ち止まる。アーネストもつられて立ち止まる。スペーサーは懐中電灯を消す。すると、辺りは闇に閉ざされた。雲からわずかに漏れる月の光がやっと地上を弱弱しく照らし出すと、目が闇に慣れてきたこともあり、墓石の場所くらいはわかるようになった。
 なんだか生臭いにおいが、風に乗ってきた。そして、出口から聞こえてくる、何かを掘り返すような音。
「何の音だ」
 アーネストは小声で言った。スペーサーは首を横に振っただけで、静かに前進を開始。アーネストは大人しくついていく。目を凝らすと、誰かが、出口付近の墓を掘り返しているのが見える。墓荒らしだろうか。金持ちの墓には、生前身に着けていた装飾品が一緒に埋葬される。それを目当ての盗掘が多い。ここでそれが行われていても驚くには値しない。
 近づきつつある《危険始末人》に気付かず、盗掘者と思われる者は穴掘りを続けている。そのうち、声が聞こえ始めた。同時に、生臭いにおいもよりいっそう強くなる。
「ない……」
 老人の声。
「ない、ない!」
 何が、ないのだろう。二人の《危険始末人》がすぐ後ろに来ていると言うのに全く気が付いていない。
「おい」
 声をかけられ、初めて気が付いた老人は後ろを振り返った。ちょうど月が雲の隙間から顔を出して墓地を明るく照らし出す。しわだらけの老人の目には、逆光で顔に影のかかった二人の男が映る。
 老人は、齢七十を越えている。片眼鏡にはどろのはねがかかり、着ているお仕着せは汚れ、そしてその顔はまぎれもなく、屋敷の執事長だった。
「てめえ、こんなところで何してやがる」
「こんな夜分に墓荒らしか? 老人にはこたえる寒さだと思うがねえ」
 二人の《危険始末人》の言葉は老人には届いていなかったようだ。手にしているシャベルを握りなおし、殴りかかってきたのだから。
 数分後、《危険始末人》は、老人が掘っていた墓穴の中を覗き込んでいた。執事長は結局戦闘のプロにあっけなく敗北し、今は気絶している。
「何が入ってるんだ、なんて質問は、しねーからよ。フタしめようぜ」
 なまぐさいにおいは穴の中から出てくる。石造りの棺桶からだ。スペーサーは穴を覗くのをやめ、今度は墓標に何が書かれているかを見る。年代から見て、先代の当主が葬られているのは間違いない。葬儀が行われたのは数日前。
 スペーサーが墓標を調べている時、アーネストは、少し離れた墓標の陰に小さな女の子がいるのを見つけた。こんな時間に子供がいるのかと不思議に思いながらも近づいてみる。長い髪に赤いリボンをつけた十歳ごろの女の子は、逃げる様子がない。
「よー、何やってんだ? 夜更かしはしちゃだめだろ」
「……」
 女の子は何も言わず、指差した。彼女の離れたところを。指の指す方向をたどってみると、小さな墓標が群れて建っているのが見える。
「あれがどうかしたか?」
「……」
「黙ってちゃわかんないんだってば。何とか言ってくれよ」
 一方、
「んん?」
 スペーサーは、掘り返された土で汚れた墓標を少しこすってよごれを落とす。それから、よごれで隠されていた部分を読む。
『来世への渡し賃として、金塊をひとつ抱く』
「なるほどな。三途の川の渡し守としての金塊を、このじいさんが狙っていた、というわけか」
「なーんだ、幽霊じゃなかったのか!」
 今までの恐怖はどこへやら、スペーサーの言葉を聞いたアーネストはからから笑った。
「ところで、さっき君は誰と話をしてたんだ?」
「あ、ここにいる子――」
 アーネストはその墓標の方を見たが、さっきまでいた女の子はいなかった。
「あれ? いなくなった……」
「こんな時間に子供がいるものか。さっさと戻るぞ」
 墓穴を埋め戻し、気絶した執事長を屋敷へつれて、二人は依頼主に報告した。幽霊の正体は、夜な夜な墓を掘り返していた執事長だった。依頼主は幽霊騒動が収まったと喜んだ。が、
「そういえば、女の子を見なかったかね?」
 でっぷりと出てきた腹の上から、依頼主は問うた。
「女の子?」
「十歳くらいの女の子だ。赤いリボンをつけていて――」
「髪が長くて、ちょっと豪華な感じの寝間着着てる――」
 アーネストの引き継いだ言葉に、依頼人はそうそうとうなずいた。
「そうそう、会ったのかね」
「会った。ちいさな墓を指差してたけど、いつのまにかいなくなってた」
「ありゃあ、わしの娘じゃ。今年の春に病死してしまった」
 暫時の沈黙。
「ああ、娘の命日が今日なのだ。きっと、命日だと言うことを君たちに知らせようとしたのじゃないのかな……」

「俺、マジモンの幽霊に会っちまった……」
 基地へ帰るとき、スペーサーの宇宙船に乗せてもらっているアーネストは、ずっと助手席で身震いし続けていた。
 スペーサーは横目で見ていたが、急に目を丸くした。
(い、言わない方がいいだろうか……?)
 再び前を見た彼の顔も青ざめた。
 アーネストのすぐ後ろに、赤いリボンをつけた女の子が立っていた。