故障中



「故障中?!」
 ヨランダは思わず声を上げた。
 書類を機械にかけて百部ほどコピーしようとしていたのだが、使おうと思っていた機械の蓋に「故障中」と書かれた紙が張られていたのである。
「困ったわね。今日中に何とかしないといけないのに。はあ。いまどき書類の処理が紙だなんて。こんな開発途中のステーションじゃあ、事務処理用の機器が普及しきってないからねえ。しょうがないか」
 ヨランダは、この機器を修理してもらうために、管理課用のボタンを押した。

「なんだよ、また故障か?」
 両手に整備用の道具を抱え、頭のてっぺんにニィを乗せて、アーネストが事務室に入ってくる。
「あの薮医者ンとこのシュレッダーの次は、事務室のコピー機かよ。ったく」
「なに文句言ってんのよ。文句言う暇あったら、さっさと直してよ。これ、今日中に出さなくちゃいけないんだから」
 片手で書類をピラピラさせつつ、ヨランダは蓋を乱暴に叩く。アーネストはぶつぶつ文句を言いながら、床の上に整備用の道具を広げ、いくつか取り出す。ニィは彼の頭のてっぺんにしがみついていたが、事務室のデスクの上に移動して、毛づくろいを始めた。
 アーネストはコピー機の蓋を開け、中を調べる。
「あ、こいつだな。この部品がガタつくからこうなるわけで……これくらいなら油させばいいか。おい、油さし取ってくんねーかー?」
「やーよ。油で制服よごれちゃうもの」
「なんだよ、突っ立ってるだけのくせしやがって!」
 アーネストは機械の中から半身を引っ張り出し、道具入れの中から三角形の形をした油さしを取り出す。そして機械の中にまた半身をつっこんで油をさし始める。
 ヨランダはその肩越しにアーネストの作業を見ていたが、背後から聞こえるカリカリという音に、振り返る。
「あーっ」
 思わず上げた大声。その大声に驚いて体を上げた拍子に、アーネストは上に押し上げられたままの蓋に頭をぶつける羽目になった。
 ニィが、ヨランダのデスクの上に置かれたボールペンをかじっていたのだ。ペンの先端が金属製のため、興味を抱いてかじったのである。
「ちょっと、ペンをかじらないで!」
 ヨランダは慌ててニィからボールペンを取り上げる。ペンはまだかじられかけたままだが、使えないわけではない。一方で、餌を取り上げられたニィは、伏せている耳をピンと立てた後、機嫌を損ねて飼い主のもとへ逃げ帰った。
「お前また何かやったのか?」
 手を差し伸べてニィを拾い上げ、アーネストは呆れたような声を上げる。ニィはチイチイ鳴いた後、胸のポケットの中へもぐりこんだ。
「もう! 自分のペットの面倒も見られないわけ、あんたは!」
 ペンをかじられたヨランダはアーネストに怒鳴る。
「それ以前に、金属を食べる生き物なんだから、連れてこないでよ!」
「ずっとケージに入れっぱなしにしたら可哀想だろ!」
「じゃあ逃げないように紐でもつけなさいよ! それより、さっさと修理して!」
 口論に負け、アーネストは大人しく事務処理機械の修理を再開した。歪んだ部品を取替え、油をさす。何度か道具入れと機械との間を往復し、そして十分後、彼は蓋を閉めた。
「ほれ、終わった」
「あら、やっと終わったの」
「やっと、って。これでも早い方だぞ」
「管理課と事務の仕事を一緒にしないで」
 ヨランダはさっそく、紙を百部印刷するために用紙を差し込む。そしてスイッチをいれて部数指定を行った。
 排紙口から、のろのろと紙が吐き出されてきた。
「あれっ?」
 ヨランダは紙面を見て声を上げた。なぜなら、本来ならそこにうつっているはずの文面に混じって、大きなインクのしみがついていたからだ。そしてそのしみは明らかに動物の形をしている。
 アーネストは彼女の肩越しに紙を覗きこむと同時に、目を皿のごとく大きく見開いた。そして胸のポケットに手を当ててみる。
 空っぽだ。
 慌てて印刷作業を中止させ、機械の蓋を開ける。
 印刷機器の、排紙トレイのすぐ上にあるでっぱりに、ニィが縮こまっていた。どうやら、アーネストが作業しているときに落ちてしまったようだ。そして出るに出られなくなったのだろう。ニィの姿がそのまま印刷用紙に映されてしまったのだ。
「ニィ!」
 アーネストは慌ててニィをすくいあげる。ニィはアーネストの手の上に乗るや否や、その腕を伝って登り、胸のポケットの中にもぐりこんでしまった。よほど怖かったのだろう。
「あー、怖かったのか?」
 ポケットの中でぶるぶる震えるニィを気遣うアーネスト。一方でヨランダは、
「あんたホントに責任もって飼ってるわけ!? 印刷用紙無駄遣いしちゃったじゃない!」
「紙ならいくらでもあるだろが!」
「そりゃそうだけど、あんたそもそも飼い主の癖に無責任すぎよ! やっぱり紐つけて飼ってよ!」
 その時、印刷機器がぶるんと震えたかと思うと、紙の挿入口から印刷用紙が一気に飛び出してきた。紙は辺りを舞った後、床に落ちる。
「な、なんで紙が飛び出してくるのよ。修理したんじゃなかったの?!」
「したよ!」
 アーネストは電源を切って、印刷機器の内部を覗き込む。そして入念に内部を覗いた結果、
「あ」

 部品の一部が、ニィにかじられていた。

 その後、機械の修理を頼まれた時に、ニィがケージの中で留守番することになったのは言うまでもなかった。もっとも、シュレッダーにかけた紙切れの中で寝ていれば良いだけなのだから、ニィには苦痛ではなさそうだったが……。