カード勝負



「どうだ。今度こそ、我輩の勝ち!」
 脂ぎった壮年の男は、ヨランダに向かって一組のトランプを突きつけた。
「フルハウスじゃ」
「残念、ストレートフラッシュよ」
 ヨランダは余裕の笑みで己の手の中にあるトランプを見せた。男は悔しそうに己のトランプをテーブルに叩きつけた。
「お前さん、イカサマでもしておるんじゃないのか?! さっきから異様なほど運が良すぎるわい」
「あら、アタシはイカサマなんか必要ないわ」
 ヨランダは不敵な微笑を返した。

 二時間前、ヨランダの元へ依頼が一つ舞い込んできた。ポーカーの相手をして欲しいというのである。依頼主は、地球に住む壮年の大金持ち。この依頼主の趣味はカードで、小額の金しか賭けないため、けちん坊としてカード仲間からは疎まれている。そのためか相手がそのうちいなくなり、依頼主は誰かとカードがやりたくて《危険始末人》に依頼を出したというわけ。
「アタシに依頼を出した貴方の運が悪かったのよ」
 ヨランダはカードを切りながら言った。
「アタシはこう見えても、賭博運はとんでもなく強いのよ」
 彼女は小額しか賭けていないが、それでも徐々に、彼女の元へ来る金は増えてくる。彼女はポーカーを始めてから一度も負けていないのだ。
 ヨランダはカードを配り、手持ちを見る。てんでバラバラ。役は何もない。一番近くてもツーペアがいいところ。相手の表情を見る限り、相手はちょっとした役が手持ちに来て嬉しそうだ。顔に出している限りババ抜きには絶対に勝てないだろうとどうでもいいことをヨランダは考えた。
 脂ぎったカード狂の男は、目を充血させてカードを山から取り、要らぬ手札を捨てる。ヨランダは少し考え、カードを山から取って、要らぬ札を捨てる。スペードが多くなった。このままカードを取るべきだろうかと考え、とらないことにした。
 何度かカードの取捨を続ける。
「勝負じゃ!」
 男はカードを出す。スリーカード。ヨランダもカードを出す。ファイブカード。またしても彼女の勝利。
「くうっ、またか!」
 男はカードをテーブルへ投げ出した。
「そろそろ別のゲームやらない? ポーカーだけしかやていないから、飽きてきたわ」
「そうかね。我輩はまだまだこれからだが。だがまあいい、休憩もかねてババ抜きにしよう」
「ありがとう」
 三十分後、依頼主は二十五回めのジョーカーをつかまされ、またしても敗北。負けばかりの依頼主が地団太を踏むのを、ヨランダは冷めた目で見つめている。
「なぜ勝てないんじゃ! お前さんまたしてもイカサマをしているんじゃないのかね!」
「そんなことする必要は無いわよ」
「イカサマする必要がない?! なのに強すぎるぞ! やはりイカサマをしているのではないのか?!」
「そんな事しなくても、あなたには、アタシに勝てない原因がいくつかあるもの」
「なんだと〜!」
(なぜ勝てないかって? 顔に全部出ちゃってるのよ。それに、カードと見ればパッパッと考えなしに引いていって、駆け引きも何もあったものじゃないわ。これほどつまんないババ抜きなんて久しぶりねえ。アーネストのほうがまだ上手いわ。顔に出すタイプだけど、カードを引く時ちょっとは悩んでくれるもの。逆にスペーサーはかなり手ごわいわね。どんな札が手元に来てもポーカーフェイスを崩さないから、手札を読み取りづらいもの)
 依頼主はやっと怒りが収まったようだ。
「フウ。少し休憩も取ったことだし」
 ベルを鳴らして執事を呼ぶ。腰の曲がった、八十歳くらいの老執事が姿を見せる。
「今日のポーカー勝負はいったんおあずけにせねばならん。今夜は泊まっていってくれんかね」
「えっ」
 ヨランダの目が丸くなる。
「ポーカー勝負って、今日だけじゃあ……」
「何を言っておる! 我輩がお前さんに勝つまでやるにきまっておる! 今日はお前さんの勝ちだが、明日は、我輩が勝つ!」
「ええええええーっ」

「ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません」
 執事はぺこりと謝った。だが元から腰が曲がっているので、おじぎしたかどうかすらもわかりにくい。
「だんな様はカードがお好きでございまして……二年前からこの調子でございます」
「そうみたいね。それで財産なくした人を何人も知ってるわ。暇だとお金を賭けることも躊躇しなくなるのよね、暇つぶしになるから」
「さようでございますな」
 老人はうなずいた。
「ところでつかぬことをお伺いいたします。あなたさまはもしや、東方側のお生まれではございませんか」
「あら、なぜわかったの?」
 ヨランダは驚きの表情を見せた。地球の上流階級の中でも、最高ランクの金持ちたちだけが住める地区だった。だが今はほとんど無人の地となっており、国が東方側を管理している。しわだらけの顔をもぐもぐ奇妙に動かしながら、執事は続ける。
「わたくしは、今の旦那様にお仕えする前、東方側のさる高貴なお方の側に仕えておりました。あなた様は、東方側の方々だけが生まれたときから持っておられるその太陽のような御髪をお持ちです。そしてその東方流の発音も……あなた様はまごうことなき東方側のお方でございます」
「よく知っているわねえ。今はもう東方側は没落してしまって、最後に残ったのはアタシだけなんだから。でも御家再興なんて考えてないわ。昔のしきたりにとらわれなくなって、かえってせいせいしているの。まあ、アタシが東方側のワクから外れている性格だったかもしれないけれど」
「さようでございますか……おお長話が過ぎましたな、申し訳ございません。本日は特別なお客様をお迎えいたしましたので、わたくしめが腕によりをかけて東方側の夕食をおつくりいたします。東方側の料理を作れますのは、わたくしを含めごくわずかな者しか残っておりませんので、ご安心を」
「アラ、ありがとう、気を遣ってくれて」

「やあ、お帰り」
 書類の処理をしていたスペーサーは、くたびれ果てた顔のヨランダを見て、声をかけた。
「やっと、やっと帰ってこられた……」
「十日も何してたんだ。ただのカード遊びなのに……」
「そのカード遊びにつき合わされたのよ! 朝から深夜まで、ずっと!」
 どうしても依頼主が彼女に勝てなかったので、早く基地へ帰りたかった彼女はわざと負けてやることにしたのだが、相手のカンが鋭く、彼女の負けのイカサマを見抜いてしまった。そのため、しぶしぶヨランダは勝負を続けざるを得なくなってしまったのだ。彼女の賭博運の強さを嘆いた、初めての依頼だった。
「もう嫌になっちゃうわあああ。カードなんか当分見たくないいい」
「そうも言っていられないなあ」
 スペーサーは非情にも、ヨランダの鼻先に届きたての依頼書を突きつけた。

 三日後。
「やっと戻ってきおったなあ」
 げんなりした顔のヨランダに、脂ぎった顔をさらにテカテカと光らせ、どうやらろくに寝ていないらしい充血した目をした前回の依頼主が言った。
「さ、お前さん専用の部屋を用意しておいたぞ。これから一週間、勝ち負け関係なしに勝負!」
 ヨランダが半泣きでカードを切らされ続ける羽目になるのに、そんなに時間はかからなかったのだった。