映画鑑賞
「映画鑑賞?」
「そ、たまにはいいじゃない? 明日休日だし」
ヨランダは、先ほど店からレンタルしてきた、DVDのケースを振りながら、にっこり笑う。ケースのラベルは、二人からは見えない。彼女にだけタイトルが見える。
「いっぺん観てみたかったのよねー、この映画」
夜の八時。三人揃って観ることになった。
「別に映画なんかどーでもいいんだけどな」
ヨランダがDVDを機械に入れている間、アーネストはだるそうに言った。本当は好きなチームのナイターを観たいのだが、ヨランダがどうしてもと自分の意見を押し通したので、今夜は我慢せざるを得なかった。
「どうせ恋愛ものだろ? 戦争ものとかカンフーアクションなら好きなんだけど――」
「残念ね。あんたの言った、どれでもないわ」
ヨランダはテープを再生し、ソファに座る。
オープニングムービー。
不吉な数字が画面上に現れ、続いて画面が血で真っ赤に染まる。
「……スプラッター・ホラーじゃないか」
半ば上ずった声のスペーサー。退屈そうに肘杖をついていたアーネストは目を丸くした。ヨランダはわくわくしている。
「これ、巷じゃ人気あるんだって。どんなのか観てみたかったのよね〜」
あからさまに嫌そうな顔をするスペーサーと、興味津々な表情のアーネスト。ヨランダは二人の反応に気づくことなく、うきうきしていた。
「巷で人気ねえ……信じがたいな」
猫背のため、自分の膝に頬杖をつきながら、スペーサーは呟いた。
本編が始まって三十分ほど経つと、各々の反応がより一層明確にわかれた。アーネストは時々目を丸くする程度で、肘杖をついた姿勢をほとんど変えない。面白がっているというわけではないが、スプラッター・ホラーには耐性があるようだ。対してスペーサーは、正反対だった。元々丸い目を時々更に大きく見開いたり、痛々しそうに顔をゆがめる。膝の上で両の拳をぐっと握り締めているが、それがかすかに震えているのが分かる。プライドが許せばこの場から逃げたいのだろう。が、現実はそうもいかない。
ヨランダは、初めてのスプラッター・ホラーにどきどきしていた。最初のうちは、首をかしげたり、驚きの場面では体を動かしたりしていたが、殺人鬼が襲撃を開始する場面に入ると、目を見開いたまま、口を半開きにしていた。何か言いたいのだろうが、あいにく半開きの口からは何の言葉も出てこない。あえて言うならば「痛そう……」だろう。スプラッターホラーの登場人物の大半は、痛みを感じる事無く即死することも多いのだが……。
殺人鬼の襲撃が一段落し、かろうじて襲撃を逃れて集まった被害者達が如何にして相手を葬り去るかという相談が行われる。アーネストは話を楽しんでいるのか、足を組み替え、やや口の端を上げる。対してスペーサーは安堵した表情に変わる。しかし顔は若干青ざめていた。またこれから始まるであろう惨劇を想像して、勝手に自分を怯えさせているようだ。
「うわ、すご……」
ヨランダは半ば腰を浮かしている状態。初めてのスプラッター・ホラーの動きに目を離せない。目は画面に釘付けになったままだ。
場面が変わって今度は被害者達の元へ殺人鬼が向かってくるのが映される。悲鳴を上げて逃げ惑うものが現れる。作戦通りにいくはずが、殺人鬼登場のタイミングがあまりに早かったので準備が整いきっていなかった。当然、予期していなかった登場に、皆パニックになる。
「うっ……」
思わず声を上げたのはスペーサーだった。しかしテレビから聞こえる悲鳴と混じったので、他の二人はそれを聞いていなかった。画面に釘付けだったのだから。
やがて生き残りが反撃に転じる場面になる。もちろん正面から一人で立ち向かっても全く勝ち目は無い。仲間同士の連携プレーだ。殺人鬼の攻撃に負けず、捨て身で立ち向かっていく。とはいえ、殺人鬼の猛攻に仲間は一人また一人と倒れていく。
「わー、すっごーい」
ヨランダは思わず身を乗り出す。主人公が反撃に転じる。殺人鬼は容赦なく攻撃する。主人公も傷を負うが、殺人鬼にも確実に傷を負わせる。やがて消耗した殺人鬼は、主人公によって首をはねられた。アーネストが軽く口笛を吹く。スペーサーは反対に真っ青になっていた。もうこれ以上の流血騒ぎには耐えられないといった顔だ。
画面が暗転しスタッフロールが流れる。それが終わった直後――、
画面いっぱいに血しぶきが飛び散って、「THE END」と不吉な色で表示された。
「あー、すごかったー」
ヨランダは、画面内の惨劇から早くも立ち直った。
「スゲーも何も、スプラッターん中じゃ、あれはまだレベルの低い方だぜ。あれっくらいの血の飛び散り方じゃあ、まだまだだって」
アーネストは、特に表情を変えていない。よほどスプラッター慣れしているのだろう。
「あら、アタシはスプラッターホラーなんて初めてだもん」
ヨランダはアーネストに言い返す。
「あれで、まだまだレベル低いってホント?」
「マジ」
それから、アーネストは、まだ真っ青な顔をしたままのスペーサーを、軽く蹴る。
「おい、どした?」
脛を蹴られて、スペーサーはびくっとした。
「え、な、何だって?」
声が上ずっている。
「お前、顔真っ青だぜ。まさかお前怖がって――」
アーネストは笑いをこらえながら言った。
「ふざけるな!」
スペーサーは思わず相手を怒鳴りつけた。が、声はいまだ上ずっており、顔面蒼白の状態。この状態で怒鳴られても、相手を黙らせるどころか、むしろ逆効果だ。アーネストはこらえきれずに大笑いする事になった。
一分後、
「だからそういう時は、知らないふりしなさいよ。あんた正直すぎるのよ、何もかも。あれだけ馬鹿笑いしたんだから、彼が怒って当たり前よ」
ヨランダは、アーネストに言った。脳震盪を起こすほど強烈な平手打ちをくらったアーネストは、頬を押さえながらも不平をこぼす。スペーサーは自室へ戻ってしまった。
「あんだけ青い顔してたら、誰だって笑いたくなる。お前だってそうじゃないのか?」
「あら、アタシはそんなことないわ。それに、彼の性格を考えたら、あんたがひっぱたかれたとしても、おかしくないもの」
アーネストに同情せず、ヨランダはビデオケースを振る。
「それより、また今度別の借りるわ。今度は、今はやりの――」
「もういいって」
即座に、アーネストはツッコんだ。