財布



「ほら、出てった出てった!」
 週末になると、アーネストは必ず部屋からたたき出される。
 理由はたった一つ。
 部屋の掃除の邪魔になるからだ。
 室内の家具は、ベッド、小さめのデスク、タンスくらいなものである。あまり広くない部屋だが、その部屋の中は、雑誌で散らかり放題、部屋の床には無造作にダンベルが置かれ、脱いだ服は片付けられず放りっぱなしなのである。
「たった一週間で、どうしたらここまで散らかせるんだ」
 スペーサーは文句を言いながらも掃除に取り掛かる。アーネストは、彼が掃除をしている間、捨てられては困るものだけを持って、リビングで待機中。アーネストも、自分の部屋が散らかっていることは自覚しているが、黙っていても、週末になればスペーサーが勝手に掃除しに来てくれるので、ほったらかしにしているのである。
 しかし、掃除した後、部屋が綺麗になる代わりに、捨てられてしまうものがある。スペーサーの基準で、要る物と要らない物とを分けているので、アーネストにとっては捨てて欲しくないものを彼が勝手に捨ててしまうことがある。それを避けるために、部屋をたたき出される前に、アーネストは荷物をまとめておくのである。
 アーネストがリビングで雑誌を読んで時間を潰している間、スペーサーはてきぱきと部屋を片付け、ベッドの布団をベランダに干す。洗濯物は全部洗濯機に放り込む。ゴミは、持って来た袋の中へ捨てる。放られている雑誌は全部取りまとめて持ち出し、次回の廃品回収のために物置へ放り込む。
「毎週毎週これだけ散らかしてくれて……」
 ぶつぶつ文句を言っているが、彼の部屋はさぞかし綺麗なのだろうというと、その通り。書斎と言っても差し支えない彼の部屋だが、天井から床までぎっしりと本の詰まった棚は、彼独自の分類法できっちりと分類されている。床にはゴミ一つない。実際は原稿の下書きを行っている際に、苛立って原稿用紙を丸めて床に投げることもあるが、後でちゃんとゴミ箱へ捨てなおしている。ベッドの布団はきちんと畳まれ、皺一つない。毎日使うデスクは、テキストやプリントや資料がきちんと種類別にまとめられ、一箇所においてある。アーネストとは対照的な、整然とした部屋なのである。これだけ整理整頓をしている彼なのだ、散らかし放題のアーネストの部屋が気に食わない。しかもアーネストは片づけをしない。だから代わりに掃除や整頓をしているのだ。はたから見れば余計なおせっかいだが、アーネストは別に気にしない。彼は何より、掃除を面倒がるからだ。

 さて、いつもの掃除の最中、アーネストは、ふと、昨日はいていたズボンのポケットに財布を入れたままにしていたことを思い出した。
 スペーサーに財布ごとズボンを洗濯されてはかなわないと、急いで部屋に戻る。
「おい、俺の――」
 ドアを開けるが早いか、足元の掃除機に躓いて、部屋の中に倒れるはめに。
「掃除中だぞ、まだ」
 呆れたように、掃除機を引っ張るスペーサー。アーネストは起き上がり、つかつかと歩み寄って、
「俺の服、もう洗濯しちまったのか?!」
「何だ一体」
「だから!」
 アーネストはスペーサーの胸倉を引っつかんだ。
「俺の服を洗濯しちまったのかって聞いてんだ!」
「……したに決まってるだろ」
 返答を聞くが早いか、アーネストは部屋を飛び出した。
「おい、ちょっと待って――」
 スペーサーが何か言っている様だったが、アーネストの耳には入らなかった。とにかく急いでいたのだから。
(やべえよ! 財布ごと洗われちまった!)
 洗濯機の中を覗いてみたが、もう既に干された後だった。中は空っぽ。慌てて物干し場兼ベランダのドアを開ける。
「あった!」
 自分のズボンがちゃんと干されている。財布は入っているだろうかとポケットの中を探してみるが、
「な、ない!」
 アーネストは青くなってしまった。
 そこへ、スペーサーがやってきた。
「なんだ、一体どうしたというんだ」
 アーネストは高速ターンするや否や、
「お前俺の財布どこやったんだよ! 洗濯しちまってそのまま捨てたのか?!」
「財布? ああ、これ?」
 スペーサーが自分のズボンのポケットから出したのは、間違いなく、アーネストの財布だった。
 アーネストはそれをひったくるなり、開けてみる。濡れていない。洗濯されてはいなかった。
 彼は言った。
「お、お前、どうして……」
「どうしてって、洗濯しようと思ったらそれがポケットの中に入っていたから、取り出しただけの話だ。あとで渡そうと思って――」
 スペーサーの言葉を最後まで聞かず、アーネストは脱力した。
(こいつなら、俺の財布、金だけ出してからまるごと捨てちまいそうだしなあ……)
「まさか、その歳になっても、部屋だけでなくて、自分の財布の管理も出来ないのか?」
 スペーサーのストレートな皮肉を背中に受けながらも、安堵した彼は室内に入った。

 今度から、財布は肌身離さず身につけておこう……。