料理を振る舞う



「それにしても、だ」
 シーフギルドの酒場にて、ギルド構成員のシーフたちは酒の入ったジョッキを手に噂をし合う。
「ヨランダのやつ、よくも毎日毎日通ってるよな、あの呪術師のばあさんのところ」
「花嫁修業のためらしいけど、あんなしわくちゃばあさんに何を教わりに行ってるんだ?」
「花嫁修業というからには、料理と縫物ぐらいだろ」
「盗みはギルドでも一、二を争うぐらい上手いくせに料理が全然できないっておかしいよな、全く。いつもの手先の器用さは一体どこへ行ったんだかっていうぐらい!」
「カギ開けには適していても、料理には向かないんだろー」
「それ以前に、あの婆さん、よくヨランダに呪いをかけたりしないな。いやそれともとっくの昔に呪いがかかっていて、ヨランダはそれを解いてもらうために、ご機嫌取りもかねて、せっせとあの婆さんの家に通ってんのか?」
 額を寄せ合って話しあうシーフたち。一方で、
「はくしょっ!」
 老婆の自宅にて、台所で、魚の鱗取りをしていたヨランダは、盛大にくしゃみをした。
「誰かがアタシの噂でもしてんのかしら」

 ヨランダが、シーフギルドの酒場に顔を出したのは、昼前の事。食事と酒を楽しむためにシーフたちが少しずつ集まってきている。
「マスター、昨日お願いしたでしょ、厨房貸してもらえる?」
「お、そうだったな。料理をふるまいたいと言ってたな、そういえば」
「うん、まだボケる歳じゃないでしょ、マスター」
「そいつはひでえな。だが、お前さんがどれだけ料理上手になったか見てみたいってのはある。貸してやるよ。その代わり食材の無駄遣いはするなよ」
「わかってる」
 酒場のマスターはヨランダを厨房へ通す。
「で、何を作るんだい? これから昼飯なんだからなるべく使いすぎるなよ」
「わかってるわよ。メニューは、とりあえずスープだけにしておこうと思うのよ。焼いたり煮たりするのは、まだおばあさんに怒られちゃってるんだから、やめておくの」
「そりゃいい考えだな」
 マスターはほっと息を吐いた。どんな「大層なもの」をつくるかといえばスープとは。しかしこれでちょうどいい。味の加減さえ間違わなければ、塩スープで何とかなるものだから。
「調味料はこの小瓶の群れさ。使い過ぎないようにしてくれよ」
「わかってる。いつも味を見ろって、おばあさんに怒られるけど、スープなら大丈夫よ。それにあまりたくさんはつくらないわ」
 マスターの安心は半分吹き飛んだ。いつも味について怒られるということは、ヨランダが味を見ずに調味料を鍋にぶちこんでいるということだ。本当に大丈夫だろうか。
(本当に大丈夫か?)
 酒場にいるシーフたちは冷や汗をかいたまま、ヨランダを凝視した。
「さーて、頑張ろう!」
 マスターやシーフたちの不安をよそに、ヨランダは気合を入れた。

 中ぐらいの鍋に半分ほど水を張り、かまどにかける。かまどで燃える炎の中に薪を足し、火の大きさをふいごで調節する。
「えーと、調味料の小瓶は、と」
 湯がわくまでに材料を調理台に並べる。塩の瓶と干し肉。材料はこれだけで足りる。老婆の家では薬草のたぐいも入れているのだが、あいにくこの厨房には薬草束はない。
「まずは、これを刻んで煮込み、ダシを取る」
 ヨランダはつぶやきながら、干し肉を料理用ナイフで切りわけ、鍋に投入する。塩の瓶のふたをあけて、さじに塩をそろりと盛る。
「すりきりひと匙」
 言いながら塩を持ったさじを傾け、ふつふつとわき始めた鍋の水の中へ塩を落とした。白い粉末がぬるま湯の中で溶けていく。
「それから味を見ながら塩の量を調節、と」
 お玉杓子でスープをかき混ぜてから少しすくいあげ、口に含む。
「ちょっと薄いかも」
 ヨランダは味を見ながら、ちょいちょい塩を足す。その様子を、マスターとシーフたちは固唾をのんで見守る。味を見る回数より塩を入れる回数の方が多い気がするが……。
「ちょっとしょっぱい。入れすぎたから水を足して、と」
 測りもせず、小さな壺いっぱいの水を鍋に注ぎ、また味を見る。
「ちょっと薄くなりすぎたわね」
 それからまた味見と塩のつけ足しに戻る。鍋の中では干し肉が踊り、充分過ぎるほど出汁をとられたというのに、だ。さらに、鍋の中の水量は、湯を沸かす前よりもかなり増えている。
「よし、出来たわ!」
 最終的に彼女が満足した時には、鍋の中のスープは、ふちぎりぎりまでの量となっていた。水を足し、塩を足し、味を見て、それを繰り返せば、スープのかさは増してしまうに決まっている。
「さあ、食べて食べて!」
 地下酒場に集まったシーフの数はいまや彼女が訪れた時と比べて倍以上になっていた。いずれもヨランダが料理をすると聞いて、半ばその腕の上達ぶりを期待しているのだ。
 ヨランダは食器棚からスープ皿をありったけ出すと、それにどんどんスープを注いでカウンターに並べた。にこやかな笑顔で彼女はシーフたちにスープを試飲するよう依頼する。勇気ある何人かのシーフがスープ皿をとり、湯気の立っているそれを少し冷ましてから口にほんの少しだけ含んだ。
「どう、どう?」
 ヨランダは半ば期待で、半ば不安で満ちた胸をどきどきさせながら、問うた。
 試飲したシーフたちは口をそろえ、彼女に向き直った。
「飲めるけど、塩けが強い!」
 言われたヨランダは、自分でもスープをちょっと飲んでみる。言われた通り、塩からさを感じる。ほんのりと塩味がある、というものではない。
「えー、どうしてえ?」
「味見しすぎて、かえって舌が塩味になれちまったから、だろうよ」
 酒場のマスターもスープを一口すすって、顔をしかめた。
「塩の使い過ぎだよ、まったく……」
「そんなあ」
 思ったよりスープの評価が悪かったヨランダ。肩を落としてがっくりうなだれた彼女に、シーフたちは慌てて慰めの言葉をかけてやる。以前よりはずっと上達した、と。
「でもこれもあのおっかない婆さんのおかげなんだよな、それならむしろ俺らは婆さんに礼を言うべきかもしれんな、ヨランダの壊滅的な料理の腕前をここまで矯正してくれたんだから」
 シーフの誰かがぼそりと言った。その言葉は瞬く間に彼らの間に伝わり、ヨランダ以外のシーフは同時に頷いた。
 ヨランダには今後も、呪術師の老婆の元で花嫁修業をしてもらおう。皆、同じことを考えた。