出来たてカウンセリング室



「新しくカウンセリング室がオープンしたんだってよ」
 地球時間で朝の七時、ステーションの管理課に勤務する者たちは、噂をし合う。いや、実際は管理課だけではない、ステーション全体に噂が飛び交っていた。
「あのおっそろしい医者がカウンセラー役じゃなくて、専門のカウンセラーが本部から派遣されたって事か?」
「そうらしいぜ。男女のペアで、本部から派遣されたばっかりなんだとさ。そんで、医務室の向かいにカウンセリング室を開いたらしい」
「悩み事があればお気軽にって、部屋の前の看板には書いてあったけど、むしろ医務室の医者の方が俺達にとっちゃ悩みの種だぜ。腕はいいんだけど、ちょっと機嫌が悪いとすぐあたり散らしてくるんだからよ」
「診察の嫌いな医者なんて、何のために勤務してるんだか」
「噂だと、あの性格だからどこも雇ってくれる病院が無くて、仕方なく医師不足のステーションへの配属を自分から願い出たそうな」
「カウンセラーたちはどうなんだろうな? あの医者と同じか?」
 色々と話が飛び交う中、
「そんなに気になるなら、適当な口実をつけてカウンセリング室に行ったらどうだ? 別に俺は、あの藪医者以外に悩みなんかないから、行く必要もないけどな」
 アーネストの一言で、管理課一同はポンと手をたたいた。
「その手があったな」

 地球時間で正午となった。忙しく日々働く管理課は、昼食を取る時間もバラバラなので、専用食堂には、管理課のメンバーがほとんどいない。
 時間が経過し、何人かの管理課のメンバーがかたまって昼食を取っている所へ、ニィに鉄クズを腹いっぱい食べさせたばかりのアーネストが食堂へ入ってくる。
「よー、誰か行ったか、あのカウンセリング室」
「おう、行ってみた」
「へー。どんなだった?」
「さっきその話をしてたところなんだ、まあ聞いてくれ」
 言われるまま、アーネストは食事のプレートを持って、空いた椅子に座る。食堂はだいぶ騒がしくなってきているので、聞き逃さぬよう、彼は身を乗り出して話を聞いた。
「で、例のカウンセリング室だがな、休憩時間に行ってみたんだよ。最近色々不満がたまってるってな。いやこれはホントのことだから。昨日、シャッターの修理をミスって軽い怪我したんだが、あの医者に、消毒薬を傷口にぶちまけられたんだからさ。その不満をぶちまけに行ったんだよ」
「うん」
「話を聞いてくれたのは女の方なんだが、親身になって、というより、ただ事務的に相槌を打っているだけっていう印象。で、男の方はオレを見もせずに端末に何かしらデータを打ちこんでるときた。サイレントだから打ちこみの音はしないが、相談しているのをほったらかして何やってるんだって感じなんだよ」
 愚痴に変わり始める。管理課のメンバーは大人しく話を聞く。
「女の方は、それこそ見惚れるほどにすんげえ美人だったんだけど、なんていうのか、体がイトスギのようにほっそりしすぎて頼りなくってさ。まあ、ボンキュッボンの超絶肉体美でも、話に集中できないからそこはいいとして。そいつら、ちゃんと資格持ったカウンセラーなのかって、喋りながらも疑ったよ、オレ」
「悩み相談室とカウンセリング治療とを混ぜて考えてるんじゃないのか、そいつら」
「悩みがどうでもいい事だったんで、聞く気がしなくなったとか?」
 話がだんだんそれていく中、アーネストはさっさと空の胃袋に昼食を詰め込んだ。あと五分で、持ち場へ戻らねばならないからだ。
「でも、まだ来たばかりの奴らなんだし、カウンセリング室も開いたばっかりだし、腕の悪い奴らだって決めつけるのは早いだろ。愛想がないとか肉体美がどうのこうのって言うけど、医療用の機械を動かして八つ当たりしまくるあの藪医者よりはましかもしれないぜ。そんじゃ、俺はもう仕事行くから」
 プレートを返却口へ置いたアーネストはさっさと食堂を出ていった。
 管理課のメンバーはその後ろ姿を無言で見送った。
「いいよなあ、悩みのない奴って」
 誰かの言葉に、他の者はうなずいた。

 医務室。
「おい藪医者!」
 ドアが開くと同時にアーネストが入ってくる。
 医務室を見渡すが、椅子には誰も座っていない。何処にいるのかと彼が室内を見回していると、壁の一つが開いてそこからスペーサーが姿を現した。面倒くさそうな顔で問うてくる。
「で、今度は何処を怪我した?」
「背中。運搬フックでひっかけた」
 アーネストは寝台にうつぶせに寝転ぶ。なるほど、肩から腰にかけて作業着が破れており、その敗れた作業着の間からは、血の滲んでいる一直線の傷が見える。
「何をどうしたらこんな怪我が出来るんだか」
 スペーサーは棚から(おそろしくしみることで有名な製薬会社の)消毒薬の瓶と、包帯、そしてばんそうこうを取り出し、瓶のふたを開けて、中の液体をばしゃっとアーネストの背中にぶちまけた。
 薬がしみる激痛に悲鳴を上げるアーネストを膝で押さえつけながらばんそうこうを背中の傷に貼りつけ、痛がるアーネストの上半身がエビぞりになったところで、電光石火の早業で包帯を巻きつけ背中で結び目を作った。
「治療終わり、さっさと仕事に戻れ」
 薬がしみるわ、全体重を膝に乗せられて背中が痛むわ、アーネストは、医師が別室へ去ってもすぐには動けなかったが、頭の中で考えることはできた。
(くそ、やっぱり、カウンセリング室、行った方がいいかな……?)
 やはりこの勤務医については、不満だらけだった。