ダイエットの決意
「さーて」
ヨランダは、目の前にずらりと並んだものを見て、嬉しそうに表情を緩める。
「試食会、開始っ!」
立方体の、一口サイズの様々なケーキが彼女の目を迷わせる。どれにしようかな。
「それにしてもツイてるわねーっ。今日の依頼がパティシエのひとで、報酬にケーキの試作品までもらっちゃって。うふふ。あ、このチョコレートのは美味しそうね」
基地の自室でのおやつタイム。談話室では他の皆にケーキをねだられるだろうから、それを避けるために、依頼を終えて基地へ戻ってから、まっすぐに自室に帰ったのだ。
「うーん、おいっしい!」
ヨランダは、箱の中に詰められた、一口サイズのケーキをぱくぱくと口に放り込む。途中で口が甘くなったら、苦い紅茶で口なおしをして、またケーキの攻略に取り掛かる。
「東方のシェフやパティシエの腕には負けているけれど、一流を名乗っても充分なぐらいに美味しいわ」
幸せなひと時はほんの1時間で終わってしまったけれど、美味しいケーキをたくさん食べることのできた彼女は幸せいっぱいであった。
「最近ねー」
基地の談話室にて、ヨランダはため息をついた。
「どおかしたん?」
応えたのは、ボーレン星出身の《危険始末人》アラベラだ。植物と人間を混ぜたような不思議な姿をした星の住人だ。種子で子孫を残すために性別は存在しないが、全体的に女性的な雰囲気を持っている。
ヨランダはふうとため息をついた。
「最近、制服のスカートがちょっときつくなってきたのよねえ。ほら、ベルトの穴だって、一つぶんずらさなくちゃいけなくなっちゃったの。そろそろ、本格的にダイエットしたほうがいいかと思っているのよ」
「うん、ちょっと胴が太くなったネー。光合成をすれば勝手に痩せていくと思うん」
「人間は光合成できないのよ」
「残念だん」
「あ、そだ、子犬のお世話しなくちゃね。いっぱい遊んでお散歩もしたら、きっとカロリー消費に貢献してくれるはずよ!」
「一緒にやりたいん」
「ええ、いいわよ」
ヨランダの最近の悩みは、制服がきつく感じるようになったこと。何が原因で制服がきつくなったのかは、一応わかっているつもりだ。
「わかってるわよ。分かっているわよ。でもねえ」
ヨランダは、自室にて、机の上に置いてあるものを見つめる。いくつもの箱が重ねて置かれている。
最近彼女が受ける依頼の依頼主は、報酬に加えてちょっとしたオマケをくれる。菓子やちょっとした保存食や開発したての新商品など、とにかく、食べるものばかり。断るのも何なので彼女は結局受け取ってしまうし、食べたくないなら基地の皆に分けて食べてもらっているのだが、
「お菓子と言う甘い誘惑……」
これにだけはどうしても勝てない。
ついつい、独り占めして全部食べてしまう……。
机の上に乗った箱のひとつには、最近依頼主からもらった上等の角砂糖が詰めてある。彼女は紅茶やコーヒーを淹れた時にこれを使っているのだが、ちょっと口がさみしい時に口に入れる時がある。他の箱には、紅茶の葉と茶菓子用のクッキーの詰め合わせや、新商品として売り出す予定のケーキなど様々な甘いものが入っている。これを全部ひとりでたべているのだから、結果として――
「太るのは当たり前なのよ」
浴室で体重測定をするのが怖い。メジャーで正確に腹周りを測定するのも、怖い。
「こ、このまま太って制服が入らなくなったらどうしよう……。ううん、それをふせぐためにこれからダイエットをするのよ!」
菓子類を食べ過ぎているのはもうわかっている。しかし昔からの彼女の好物なので、ついつい手元にあると手が出てしまう。
「アタシひとりで食べると、もっと太るのは間違いないんだし、やっぱり皆にもお菓子あげた方がいいかなあ。でも、メンバーの中には地球の砂糖が猛毒になるって体質のひともいるからなあ……。だからといって、犬にあげるわけにもいかないし、それに、全員にあげられないと何となく不公平な気がするわね」
と、なんだかんだ言い訳をして、渡すのを渋っているではないか。これでダイエットができるとはとても思えない。
「どうしよう。やっぱりあげようか」
意を決するまでに要した時間は一時間。
《危険始末人》の皆に、部屋の中にある菓子類を全て配った後、ヨランダの部屋はすっきりとした。が、彼女の表情だけは全くすっきりしていなかった……。
「もう口が恋しいよお……。でも、ダイエットが先よ。太り過ぎて制服が入らなくなるのは嫌! 頑張らないと!」
両手で頬をバチンと挟みこむようにたたき、気合を入れる。そして、
「まずは、ダイエットのための計画を立てなくちゃ」
意気込んだ彼女は、計画書の作成に取り掛かった。