ドッペル・ドッペル再び



 ステーションの、本来の勤務医が戻ってきたことは、皆を安堵させ、皆を諦めさせた。腕のいい医者が戻ってきた代わり、医者の癇癪に付き合わされることになるのだから。機嫌が悪ければ医療器具を使って患者に八つ当たりしてくるこの医者の代わりは、今のところ、いない。

「おーい藪医者!」
 医務室のドアを勢いよく開けてアーネストが飛びこんだ。
「ドアは静かに開けろ。小学生以下か、貴様は」
 カルテの整理をしていた医者は、不機嫌な顔で入り口を向いた。
「急患、急患―!」
「急患?」
 アーネストが背負っているのは、職員ではなかった。どうやらステーションに停泊している客と思われる。スペーサーはいやいや立ち上がり、アシスタントロボットを呼ぶ。
「気分わるくなったみたいなんだ。通路のど真ん中でぶっ倒れてた」
「背負わずに担架を呼べばよかったろうに」
「到着まで時間がかかるから、俺が背負っていく方が早いと思って」
「派手に揺らしたんだろうな、きっと」
 スペーサーは患者の容態を診るために、奥の部屋に入った。
「お前はさっさと仕事へ戻れ」
 言われたアーネストはしぶしぶ医務室を出た。仕事がまだたまっているのだから急いで戻らねばならない。
 診察室。
「さて、診察を」
 台の上に横たわる患者に近づいたスペーサーの目の前で、突然患者がムクムクと動き出して、透明な水色のゼリー状の物体に変わった。
 五分後。
 ステーション内部に厳戒態勢が敷かれた。アーネストが運んできた急患と言うのは、実は、客に化けたドッペル・ドッペルだったのだ。

 あらゆるものに姿を変える事が出来るドッペル・ドッペル。以前もステーションの色々なものに化けて、ステーションの住人をてこずらせた宇宙生物。
 医務室から逃げ出したドッペル・ドッペルは、アーネストがうっかり開けっ放しにしたドアを通って外に出た。スペーサーはと言うと、ドッペル・ドッペルに襲いかかられて窒息状態。ドッペル・ドッペルはその柔軟な体を利用して相手に跳び付き窒息死させるのである。さいわい、アシスタントロボットのおかげで息を吹き返した彼は、ステーションの管理課に大急ぎで、ドッペル・ドッペルがステーションに入り込んだ事を知らせたのだった。

 ステーションの住人達は、ドッペル・ドッペル用の固形剤を握りしめ、ステーション内をバーナーやライターを持ってかけずり回った。熱を近づければたちどころに化けの皮が剥がれるので、ドッペル・ドッペルを見つけるにはこれが一番なのだ。
「また俺がやるのかよ」
「持ち込んだのはお前じゃないか」
「通路の真ん中でぶったおれてたからてっきり――」
 アーネストとスペーサーは結局またしても一緒にドッペル・ドッペル探しをしているのだった。
「また雑巾バケツの中に突っ込んでおく、なんていうようなバカげたことはしてくれるなよ」
「しねえよ、もう!」
 ステーションの倉庫にドッペル・ドッペルの反応があり、手の空いている者は皆倉庫でドッペル・ドッペルを探している。
「お前が医務室でやつを逃がさなければ――」
「やかましい」
 バーナーやライターの火を近づけて確認する。だが、うっかり誰かが火を近づけ過ぎて古いカーペットを燃やしてしまい、倉庫の一角に小さな火の手があがった。当然スプリンクラーがすぐ作動し、天井から降り注いだ雨によって火は消し止められた。
「おい、ありゃ何だ!」
 誰かの声で、びしょぬれの皆は一斉にふりかえった。
 水色の透明な姿をした何かが、スプリンクラーのしずくを滴らせながら、もぞもぞとどこかへ這いずって行こうとしている。
「ドッペル・ドッペルだ!」
 固形剤を持って、皆は一斉に飛びかかる。だが軟体生物は皆の間を巧みにすり抜けた。当然、獲物をとらえそこなった皆は、ドサドサと倒れて積み重なった。
「ちくしょう、待て!」
 アーネストは皆を押しのけて起き上がり、水色の透明な物体を追う。すばしっこく床を這いずるドッペル・ドッペルは、アーネストが全力疾走しているのにもかかわらず、追いつかれないまま、ドアの方へと這いずって行く。そして紙のようにペタンコとなり、ドアの隙間から逃げ出そうとした。
「そら!」
 追いつけないアーネストは固形剤を投げつけた。ドアにカンと当たった固形剤ははねかえり、落ちた。
 これからドアの隙間をくぐろうとした、ドッペル・ドッペルの体の残りの中へと。

「あー、助かった」
 アーネストは、ドッペル・ドッペルをちゃんと保管用の器に放り込み、汗を拭いた。
「まあ、俺がこいつの正体を見抜けなかったのが悪いんだけどな。つかまってよかったぜ。これで気持ちよく仕事ができるぞ!」
 一方、
「ここにもあったんだったな、そういえば」
 診察室にて、スペーサーはアシスタントロボットと一緒に、飛び散ったドッペル・ドッペルの固形化のために大忙しであった。