頑張ってはいるらしい



「あの藪医者が第一ステーションに勤務ってことになったわけだが――」
 仕事の終わった管理課たちは、食事をとり、酒場で休憩している。
「あいつに戻ってきてほしいと思うか?」
 疑似煙草を吸いながら、アーネストが問うた。
 周りは、首を振った。
 横に。縦に。
 アーネストは、周りを見回し、頭をかいた。ニィがテーブルの上で金属くずをかじった。
「半分ずつかよ」
「じゃあ、お前はどうなんだ」
 問われたアーネストは首をかしげた。
「正直、わからねえんだよ。腕がいいのは認めるが、その場の機嫌の悪さをひとにぶつけてくるのはイヤなんだよな。そうだな。医者としての腕の良さだけは戻ってきてほしいけど、個人としてのあいつは戻ってきてほしくない。モニターごしに怒鳴ってるのがちょうどいいぜ」
 イルシアは今もスペーサーに頼ることが多い。イルシアに診てもらうよりスペーサーに診てもらうほうがずっといいのだが、医者の機嫌が悪ければ医療器具による拷問や嫌がらせたっぷりの治療が待ち構えている。イルシアはそんな事をしないのだが、いかんせん腕はまだまだ未熟だ。この二人は両極端だ。
 イルシアの人柄とスペーサーの腕前が両方揃っているなら、文句はないのだ。本当に。
 管理課の面々は、ため息をついた。
 なるべく医務室の世話にならないよう、皆揃って気をつけながら仕事をしている。おかげで怪我することはほとんどなくなったが、これまで結構傷を負ってきたのは、単にスペーサーの腕前を信頼しているからだったと、皆そろって思っている。嫌みたっぷりの治療さえ我慢すれば、なんとかなってくれるのだから。

「あーあ、肩こったわあ」
 ヨランダは久しぶりに医務室を訪れた。肩こりが少しひどくなってきたからだ。専用の柔軟剤をもらおうと思ってきたのだが、
「あら、何してるの……」
 目を丸くした。床の上には薬箱が散らかり、イルシアはアシスタントロボットにも手伝わせて、それらを一生懸命拾い上げて整頓しているところであった。医務室の入り口でぽかんとしているヨランダを見つけると、イルシアは駆け寄ってきた。床の上に散らかっている薬瓶やチューブを何も踏みつけずに、軽やかに走ってこられるとは……。
「あっ、ごめんなさい、診察ですか?」
「え、ええと……肩こり用の柔軟剤をもらおうと思ってたんだけど、また今度にするわ。忙しそうだもの」
「いいんですいいんです、遠慮しないで!」
「あのね……」
 ヨランダが断る間もなく、イルシアは、つみあげたばかりの薬箱から目当ての物を探し始める。やがて一本のチューブをつかみ、
「あー、ありました、どうぞ!」
 ヨランダにわたす。ヨランダは念のために確認する。確かに、それは肩こり用の柔軟剤だった。最近イルシアは薬間違いをしなくなってきたが、念には念をいれねば。
 ヨランダは診察台をちらりと見た。モニターには「故障中」と書かれた紙きれがはりつけられている。いつも診察の時にはイルシアがつけているモニター、酷使されすぎて壊れたようだ。中古品だったのを管理課たちが直して直接回線もつないでやったとはいえ……。現在、新しいのを申請しているのだが、まだそれは届かない。
(どのくらい酷使したら、数週間で壊れてしまうのかしら)
 ヨランダは不思議に思いながら医務室を出た。

「よー、薬持ってきた……」
 アーネストが肩に大きな薬箱をかついで、医務室のドアを開ける。床に散らかった薬を見て、唖然とする。
「あっ、ありがとうございまーす!」
 片付けの最中であると思われるイルシアは顔をあげた。ヨランダが薬をもらいに来てから数分経過した後なのだが、片付けはちっともはかどっていない。
「ちょっと薬箱の整頓に失敗しちゃって……でも片付けてますから!」
「そりゃいいんだけど」
 アーネストの持ってきた薬箱をどこに置いたらいいのやら。足の踏み場もないほど散らかっているのだ、うかつに医務室に入れば何か踏んでしまうかもしれない。
「あ、寝台の上に置いてください」
「置くって言われても、足の踏み場がないんだよ! うかつに動くと何か踏みそうで――」
 アーネストは一歩も動けない。入口に立ったままだ。
「あ、それなら、そこに置いてください。あとで片付けますから」
 イルシアの言葉に、彼は目を丸くした。だが、中に入れない以上、そうするしかなかった。仕方なく彼は箱を医務室の入り口に置いて、背を向けた。
(本当に大丈夫か、アレで)
 大丈夫とはとても思えなかった。箱がひっくり返る音が聞こえたせいだ。
 振り返ると、床の上に新しく栄養剤がぶちまけられていた。
「手伝おうか?」
「いえいえ、ひとりで大丈夫ですってば!」
 大丈夫だとはとても思えなかった。
 三十分後に、アーネストが別の医薬品いりの箱を持ってきた時も、床には色々なものがまだ散らかっていたままだったから。しかも彼が持ってきて入り口に置いた薬箱は未だに開けられていなかった。
(こういうときだけは、あいつに戻ってきてほしいと、心底から思うぜ……)
 新しいモニターが地球から届くまで、地球時間であと一週間だ。

(やっぱり彼女一人では頼りないかもしれない……)
 これが、セカンド・ギャラクシーに勤務する者全ての意見だった。