妙な不審者
「本当にここで合ってんのか?」
「間違いないヨ。依頼人は、ここに標的が来るって言ってたヨ」
アーネストの言葉に、二足歩行のクロヒョウのような外見をした《危険始末人》のオロロンはぺろりと舌なめずりをした。
「早く来てほしいナ」
気性が荒く、血に飢えたオロロンは、目をぎらぎらさせている。彼の出身星の住人は血の気が多くて気性も荒い為、ある集落が別の集落と小競り合いをするのが日常茶飯事なのだ。血を見る事それ自体が何よりも楽しみで、元々の戦闘能力も高いため、この星の出身者は護衛や傭兵の仕事に就くことが多い。
「本当にここなのかよ」
アーネストは周りを見回す。ここは、地球にある、とある高級住宅街の外れで、住宅街の外へ向かって道路が延びているだけ。その道路の先には、商店街がある。商店街と言っても高級品ばかりを扱う店だけで構成されており、一般人にはまず手の届かない値段でしか商品が売られていない。
時刻は既に深夜。まばゆく輝く街灯と商店街。対して、住宅街の家にはほとんど明かりが無い。家人が寝静まっているのだろう。あるいは、商店街に在る店に行って、留守なのだろう。
「標的を確認するヨ」
オロロンは嬉しそうに、依頼人からの情報が詰まったデータカードを取り出した。
この深夜にしか現れない謎の徘徊者。目撃情報はすべて一致。ふらふらとしており、よれよれの服を着ている。見るに堪えないほどぼさぼさの髪をしている。
「何で警察に言わずに《危険始末人》に捕まえてくれって依頼をするんだろうな? しかも、捕まえたらこのブザーを鳴らしてくれって……。高級住宅街の連中は金持ちしかいないんだから、ガードマンだってたっぷり雇えるだろうに」
アーネストは、手の中の防犯ブザーらしきものを見て、納得いかないと言った顔をしている。本来これは警察が捜査すべき事なのだ。《危険始末人》がわざわざ出るような事ではないのだ。
「しかも依頼人が、この高級住宅街の町長夫人って……」
「まあいいじゃないノ。撃ち合いが出来るだけで満足ヨ」
「そりゃお前の場合だけだろうがよ。そもそも撃ち合うったって、相手が銃なりなんなり持ってたら、それこそガードマンの出番になるだろ。俺らの出番は最後の最後、不審者の捕獲なんざ、ガードマンにやらせりゃいいんだよ、全くもう」
「早く撃ち合いたいナ」
「撃ち合うんじゃなくて、捕まえるのが依頼だろうが! まあ相手が武器持ってるなら、撃つしかないだろうけどな」
二人が話を止めたのはその直後。
眩しく輝く商店街方面から、足音が聞こえてきたのだ。
来たか?
《危険始末人》二人は目配せし、人ほどもある太さの幹を持つ街路樹の陰に飛びこんで、息をひそめた。
足音が少しずつ近づいてくる。こつこつと規則正しい足音だが、なぜか途中からそのリズムが乱れた。こつんこつん、こつっこつっ。
《危険始末人》は街灯の光を浴びないように気をつけながら、足音の主を確かめようと、そっと道路を覗いてみる。
街灯の光に照らされたのは、千鳥足で歩く小柄な男らしかった。彼らの位置からは逆光になっていて顔はよく見えない。妙によれた服と、藁を束ねたようなぼさぼさの頭髪だけが、逆光の中でも何とか判別できる。
あれが標的らしい。目撃談と一致する。
その妙な人物は、千鳥足のままふらふらと道を歩いて、《危険始末人》の隠れている木の傍を通り過ぎる。
先に動いたのは、オロロンだった。
猫が足音を立てないのと同じように、物音をほとんど立てずに木の陰から飛び出し、背後から不審者に飛び付いて押し倒した。
(合図もしてないのに動きやがって!)
アーネストが、歯がみしたところで遅すぎる。幸いオロロンは銃を抜いていない。捕まえる、という依頼なのだし、相手の不意を打ったのだから銃は要らないと判断したのだろう。いつもならば、飛びだすと同時に銃口から火を吹かせていると言うのに。
オロロンが相手をすぐ押さえつけたのに相手は弱弱しくもがいている。
「アーネスト、早くブザーを鳴らせヨ! こいつの喉をかっきりたいのを我慢してんだヨ!」
「わかってる!」
防犯ブザーが辺りに響いてわずか数秒後、
「捕獲ありがとうございます」
上空から声が降ってきた。アーネストとオロロンが見上げると、拡声器つきのラジコンが飛んできた。そしてその拡声器から発せられた声は、依頼主である町長夫人の声。
「これからその不審者をただちに連れて帰りますわ。全くいつもいつもこんなふうに酔っぱらってまるで風来坊のような姿を好むなんて。使用人に迎えに来させもしないでみっともないったらありゃしない。この町の町長なのになぜこんなばかばかしい事をしたがるのやら。本当に分からないわ」
後半の声はあきらかにひとりごとと愚痴が混じっている。
ラジコンから網が降ってきた。網は、オロロンの傍に落ちる。
「その網の中に入れて下さる?」
弱弱しく動く不審者を、オロロンは網の中に入れた。ラジコンは礼も言わずに上昇、獲物の入った網ごと連れて行ってしまった。
「かえりたくなあい」
網の中から洩れてくる言葉が夜空に響いた。
「さ、酒くせえ」
ラジコンが去って、改めてアーネストとオロロンは辺りの空気に強烈なアルコール臭を嗅ぎ取った。頭がくらくらするほど強い酒。
「あの網の中の人、アルコール依存症なんじゃないノ?」
「だろうなあ。羽目をはずしてああやってストレスを発散してるってところだろう。世間体ってやつもあるもんだから、おおっぴらに警察に頼めなくて《危険始末人》に酔っ払いのお迎えをさせたってことだろうな」
ばかばかしい依頼に、《危険始末人》は呆れかえった。
依頼の報酬が指定の口座に振り込まれた翌日、アーネストとオロロンは基地の談話室にて、地球のある高級住宅街の町長がストレス過多とアルコール依存症によって入院した事を新聞で知った。