冬が来る前に
夏も終わり、秋が深まってくる。
「ああもお、忙しいわね!」
ヨランダは、干した薬草をせっせとたばねている。
「本格的に寒くなってくる前に、全部薬草を保管せねばならんのじゃ。でないと薬は作れないからのう。文句を言わずにやるんじゃ、小娘」
呪術師の老婆は、ヨランダ以上にてきぱきと、そのしなびた手で薬草を紐で束ねる。セラもそれを真似ているが、それほど上手ではない様子。ヨランダは、手先が器用なので、さいわい彼女より作業がはかどっている。
「ねえ、おばあさん。薬草を乾かす意味ってなあに?」
作業に慣れてきたヨランダの問いに、老婆は手を休めること無くこたえる。
「乾燥させることによって長持ちさせる。一番の目的はそれじゃ。冬の寒さに弱い薬草が多いから、春の発芽までこうして長持ちさせるんじゃよ。干し肉もそうじゃろ、生の肉だとすぐに腐って食えなくなるが、乾燥させて水気を失くさせることにより腐敗をなるべく遅らせることができる」
「そういえばそうねえ。でも乾燥させたら、薬草本来の効き目とかそういうのがなくなったりしないのかしら?」
「水でもどせばいいんじゃ。それと、たとえ乾燥させていなくとも、じっくり煮詰めることで薬効も高くなるんじゃ」
「そういうものなのね」
ヨランダはそう言って、最後のひと束を、まとめ終えた。
「で、おばあさん。次は?」
「そうじゃなあ」
老婆は、たばねおえた薬草を棚の中へ収める。
「町へ行って、芋を買ってきとくれ。この麻袋いっぱいにな」
セラとヨランダは、空っぽの袋を持って町へ出かける。
「いい? こういうのは、相手のいい値で買ってはだめ。値切るのよ!」
「どうして?」
「次に買い物に来た時、言い値で買ってくれるいい客だと思われて、品物の値段がつりあげられるからよ。だから、値切るの。ここは駄目とか、あっちはもっと安かったとかね」
「そうなんだ」
そうして、にぎわう市場にたどりつく。目当てのものが売られている店をいくつか見た後、一番室のよさそうな芋を売る店にて、ヨランダは露店主と交渉を始める。
「このお芋、あっちの店より質がいいからいっぱい買おうって言ってんの。でもちょっと高過ぎないかしら?」
「そんなこたねえよ、ねえちゃん」
ヨランダと店主のやりとりを、セラは目を丸くして見守っていた。よくもまあこんなにたくさんの言葉が口からあふれるものだ。ヨランダは元の値段の八割の金額で芋を買った。
「もうちょっと値切りたかったんだけどなあ」
袋いっぱいの芋を背中にかついだ彼女は、それでも不満そうだ。
「まだ値切れたの?」
目を丸くして聞くセラに、ヨランダは強くうなずいた。
「そおよ。でも、これ以上は無理だったわ。ちょっと悔しい。あのお店の人、結構うまいところ人の話の裏をついてくるんだから。貴方も、将来買い物するときは、ちゃんと値切らないと駄目よ。すぐ財布のお金が無くなるからね」
「できるかなあ」
「毎日喋ってれば、そのうち出来るようになるわよ。値切りに情けなんていらないから、そこは気をつけなさいね。かわいそう、と思ってる事を読まれたら、どんどんつけこんでくるんだから」
町はずれの家までたどり着くころには、夕方近くになっていた。日没が早くなってきており、早くも西の空がオレンジにそまりかけている。
「ただいまー」
荷物を台所へ運んだ後は、いつも通り食事の支度だ。
「ウム。だいぶ腕をあげたのう、ふたりとも」
薬草入りスープと焼き魚に、老婆はよい返事をよこす。
「あのひどい焼け焦げぶりがうそのようじゃ」
「だって毎日やってるんだもん。慣れてきたわよ」
「うん、慣れてきた」
最初のころとは大違い。炭になるまで焼きかけた魚と、生煮えの具が入った味の無いスープだったのが、今では、ちょっと焦げ目こそあれ普通に食べられる焼き魚と、具に充分火が通った薄味のスープとなったのだ。
食事は満足に終わったが、
「では小娘、そしてセラ。次は繕いものをしておくれ。冬に備えておかねばならんからの。それに、繕い物はまだまだダメじゃろ、お前達は。さ、早くやるんじゃ」
「で、でもおばあさん、もう夜よ?」
抗議するヨランダに老婆はたたみかける。
「何をたわけたことを言いおるんじゃ。秋はあっというまにすぎさっちまうから、準備は少しでも多く済ませておかねばならんのじゃ。怠ける暇はないぞえ!」
「そんなああああああ」
セラとヨランダは同時に声をあげた。だが老婆は情け容赦なく、二人に針仕事の道具を押し付けた。
「さあ、まずは布きれの継ぎ合わせからじゃ!」
「そんなあ」
針仕事は深夜まで続いたが、それでもまだ、全ての繕いものをつくろいきることはできなかった。
長い冬に向けての支度は、始まったばかりだ。