お手入れ
「秋はあっというまに過ぎちゃった。ほとんど夏みたいに暑かったから、秋物ほとんど着られなかったなあ」
窓の外を舞い落ちる紅葉を見ながら、ヨランダは不満顔。既に彼女は冬の服装だ。
暑い夏が過ぎ、涼しい秋が来ると思ったのに、今年の秋は夏なみの暑さだった。しかも、その暑さは一ヶ月以上も続いていた。涼しくあるいは寒くなるのはほんの数日程度であった。
オシャレ好きなヨランダとしては、気に入った夏物が長く着られた事だけが嬉しく、買ったばかりの秋物を着る機会がほとんどなかった事は、嬉しくなかった。
「しかも、晴れている日が寒くなってきて、曇りの日の方が暖かくなってきたわね。これはしかたないか。曇っていれば、熱が空に逃げにくくなるものね」
どんよりした雲からは、雨が降りそうだ。だが、洗濯ものは乾燥機に入れてあるし、買い物もとっくにすませたので、今日はもう外出する必要はない。家の掃除も終わっている。
温かなココアを飲みながら、ヨランダは、着る機会の無くなった秋物をもうタンスの奥へしまわねばならないことを嘆いた。
「もう、ちっとも秋物着られなかった。今年は夏の後に冬が来ちゃうのね……。異常気象にもホドがあるわ。台風の数だって多かったし、おかげで新しい帽子の飾りが吹き飛びそうになってお手入れが大変だったし――」
カレンダーをめくる。
「あ、今月はクリスマスね。早いものだわ」
先月のカレンダーをくしゃくしゃと丸めてゴミ箱へ捨てた彼女は、この年最後のカレンダーを見て、つぶやいた。町がイルミネーションで彩られ、赤と緑と白でデコレーションされる、クリスマス。
「クリスマスが一番楽しみではあるけど、同時に忙しくもあるのよね。家の中のデコレーションしなくちゃいけないし。ま、それはいつも通りに、オトコふたりをこき使えばいいわね。男手があるっていいわねえ。力仕事の大半は相手に押し付けちゃえるもんね。アーネストはごはんで釣れるけど、でもスペーサーが困りものよねえ、この時期いつも、風邪かインフルエンザで体を壊しちゃうんだから、もう」
リビングの時計は、夕方四時を指した。ヨランダが外を見ると、すでに西の空がオレンジに染まり始めていた。
「日没が早くなったわねえ。これから、もっと早くなるのよねえ。逆に朝日が昇って来なくなるから、起きるのが遅くなっちゃう。さあてと、ごはんの仕度しなくっちゃ。……一度に三人前食べる大食漢がいなければ、食費がもっと浮くんだけどなあ」
ヨランダは手早く調理を済ませる。切ったものを全部鍋にぶちこみ、包丁等を片づけた後で手を洗う。
「しけっぽい梅雨と違って、乾燥するのよねえ。手荒れが最近目立ってきてるから、クリームはたっぷりと塗っておかないと! お風呂上がりにも塗らないとね。メイクだって気をつけないと肌荒れがひどくなるし、唇だってひび割れちゃうからお手入れが欠かせないし……。クリスマスを除けば、冬っていやねえ」
ヨランダはぶつぶつ言いながら、洗ったばかりの手にハンドクリームを塗った。そして、唇には、口紅タイプのクリームを丁寧に塗る。普段は口紅を塗る前にそれを軽く塗っておく程度なのだが、この季節では、毎日塗っておかないと唇が乾いて割れやすくなるのだ。
「水仕事も本来は手が荒れるから、肌のお手入れはいつも以上に念入りにやらないと駄目ね。女ってのは三十歳になるのに四十五年かけるいきものだから! アタシまだ三十路になってないけど!」
彼女は結局、自室にこもって手入れの続きを開始した。
「さあ、乾燥の季節に備えて、お手入れは徹底的にやるわよ!」
クリスマスや冬の最新ファッションを除けば、冬は彼女にとって、最も油断のならない季節なのだ。
秋は終わり、冬が来た。